第234話 本心
一段落してジスランの仕事から解放された。そして、安らぎの場であるガーテンルームに行った。
「よう。今日も仕事か。大変だな」
アルノルトの変わらないあいさつが聞こえた。
「ええ。昨日、休んだので溜まっていました」
「それより、ネタない?」
レティシアの目は怖かった。今にでも襲いかかって来そうである。
「この前の医学書はどうなったのですか?」
「それは、お兄様に取られたわ。私ではまだ早いと」
レティシアは思い出したのか怒っていた。
「オレもだよ」
アルノルトはいった。
当然といえば当然である。今だ十歳にならない子供だからだ。
宮廷魔導士から情報を引き出す術はないと思う。
僕はいつもの席に座った。
「何かない?」
レティシアはいった。
「盾と杖が抜かれたそうですよ。持ち主は不明。これで五つになりました」
「そうなの?」
レティシアは驚いていた。
僕は新聞屋なら知っていると思っていた。だが、違うようだ。クンツの情報が早すぎるようである。
「誰が抜いたの?」
レティシアはきいてきた。
「わかりません。無名な人のようです」
「むー。それも関わるなっていわれているのよね」
レティシアはほほを膨らまして悔しそうにしていた。
「とりあえず、お父様が知らないなら教えてあげればいいと思いますよ」
「そうね」
レティシアはコールの魔術で連絡していた。もちろん、アルノルトも一緒だった。
「エトヴィンさんは順調ですか?」
僕はきいた。
「いや。新聞屋とケンカが絶えない。印刷の順番でケンカになる。職場は戦争なので逃げて来たよ」
エトヴィンは力なく笑った。
殴り合いのケンカでもしてそうだ。新聞ができなければ商売にはならない。そして、競争相手に抜かされて新聞屋をできなくなる。この商売に借金をして人生をかけているのかもしれない。
何か、生き死にがかかっているように思う。
それは怖いことだった。だが、情報商戦はまだ続くらしい。
夕方の戦闘訓練は休みである。したとしても、体を温めるぐらいの運動だ。
保護対象者である僕は素直に家に帰った。
僕は夕食まで滅殺と崩壊の呪術を試した。やはり、マナを壊すのが一番簡単になっている。今まではマナを壊すという発想はなかった。しかし、三柱の神に会って変わったようだ。
破壊と還元の練習方法は簡単に思いつく。しかし、維持は思いつかなかった。仕方なく、粘土に形を留めるイメージで力をかけて、それから破壊をしてみた。
手ごたえが違った。維持の魔法も使えているようだ。
何度も維持の魔法をかけて破壊して還元する。それを何度も繰り返した。
夕食後も何度も試して結果を比べる。水や木、鉄でもできた。
魔法として完成した。三つの方法があるが二つの魔法とした。
魔法名は滅殺と崩壊にした。
滅殺と崩壊の違いは攻撃範囲の違いである。
どちらも、マナを破壊するが、滅殺は小さい範囲のマナのすべてを壊す。反対に、崩壊はキレツのようにマナを壊して、広範囲の対象を分断する。しかし、どちらも、同じことをしている。
名前は変える必要もない。もともと、禁呪である。羊皮紙に書かれた禁呪はこの屋敷に眠るだろう。
僕は導師の書斎に行く。そして、羊皮紙を導師に渡した。
導師は一通り目を通すとうなずいた。
「よくやった。これは門外不出とする。誰にも話すなよ」
導師の目は厳しかった。
それほど、問題のある魔法なのだろう。
「はい。ですが、使ってもいいですか?」
「ああ。構わん。だが、その時は相手を殺す時だぞ?」
すでに自分のために多くの人を殺してきた。今さら、血に染まりたくないとはいえない。
「その覚悟はあります」
「……わかった。許可する」
導師は席を立った。そして、僕の側に来ると頭をなでる。
「あまり無理をするな。イヤなら逃げていいんだぞ」
導師のいいたいことはわかる。だが、年齢と関係なく責任はあった。
「大丈夫です」
「何かあったら私を頼ってくれ。心配になる」
「いつも、頼ってますよ? 導師がいないと、僕は何もできません。七歳の子供のいうことなど、誰も真剣に聞きません」
「だから、心配になる。もっと子供をしてくれ」
「僕は大人になれていませんよ。まだ、子供のままです」
「それでいい。お前を見ていると不安になる。もう少し、甘えてくれ」
導師に抱きしめられた。
僕は驚いたが、素直に顔を導師の肩にうずめた。
温かい。そして、安らぐようないい匂いがした。
「そういえば、教会では導師は神様に何を願ったんですか?」
朝食の席できいた。
「ん? 日頃の感謝だな」
導師はいった。
その言葉は導師には似合わない。感謝なんて言葉が出てくるとは思いもしなかった。
「今、おかしなことをいっていると思っただろう?」
僕はあわてて、首を横に振って否定した。
「まあ、そう思われるのは慣れているからいい。……私は拝みには行っていない。ただ、神を感じるだけだな。安心できるから」
導師の話では神が存在するようだ。だが、僕はいるかいないかわからないといった。しかし、それを否定しない。
「導師は、神様がわかるんですか?」
「何となくだな。あるといったらある。ないといったらない。ただ、祈った後はすっきりする。それで、定期的に通っているだけだ。お前が神を見たといっても半信半疑だ」
導師は神にはいて欲しそうだった。
「探知魔法を伸ばすと大きな力を感じますよ」
導師は苦笑する。
「神様相手に探知魔法を使うなよ。弾かれたら痛いぞ」
「でも、何となく探りません? 神様を探すというか……」
「まあ、気持ちはわかる。……私は本心では神を必要としていないのかもしれない。相手の言葉を待った試しがないからな」
導師は自嘲するかのようにほほ笑んでいた。
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