第220話 クンツ

 午前中、勉強をしていると、執事のロドリグに呼ばれた。

 クンツ・レギーンが来ているらしい。

 僕と執事は応接間の隠し部屋にもぐりこんだ。

「――話はわかった。確かに私とシオンは龍の血を飲んだ。だが、私は血は持っていない」

 導師の声がした。

 クンツは龍の血をもらいに来たようだ。

 僕は二十本近く持っている。しかし、これは導師との約束で誰にもいっていない。

「その時に血は保存しなかったのか?」

「私はシオンの手がなくなったのに呆然としていた。シオンにいわれて、ようやく飲んだだけだ」

「シオンは?」

「片手を失くしたんだ。少しは察してくれ」

「そうか……」

 クンツは落胆した声を出していた。

 僕はせっせと龍の血をビンに詰め込んでいたとは思えないようだ。

「龍の血が必要なら、長老に頼めばいいだろう?」

「簡単にもらえないよ。それぐらいわかるだろう?」

「まあね。それで、龍の血を欲しがる理由は?」

「人族の寿命ではオレがしたいことが半分もできない。不老不死でなくてもいい不老長寿にはなりたいんだ」

「なら、龍の血を飲めばいい。龍にはそう聞いたぞ?」

「オレもそう聞いている。だが、飲めていない」

「呪われた龍の谷には行ったのか?」

「行った。だが、飲むことはできなかった。きっちり消されていたよ」

「なら、長老に頼むしかないな」

「おれがエリクサーの作成方法を手に入れたら、龍の血と交換できないか?」

 エリクサーは不老不死になれるという妙薬だ。存在するのかわからない。

「なんで、そうなる。私は龍の血を持っていない。頼む相手が違うぞ」

「二人なら、血をもらえると思うんだ」

「それこそ、無理だな。龍の血をもらえるような働きはしていない。痛い思いをして血をくれるとは思わん」

「そうだよな……」

「ところで、そんな話をしに来たのか? 本題は?」

「ああ。ペイモーピズはエリクサーの製造方法を持っているときいている。それを奪いたい。そこで、シオンを借りたい」

「却下だ。話にならん。相手と取り引きして、その上でシオンを守る? 無理だな。それなら龍に頼んで血を分けてもらった方が現実的だ。それにエリクサーの効果は不老不死だ。眉唾ものだ」

「まあね。でも、不死には興味がない。死なない人間など化け物でしかない」

「そういうものかね。でも、シオンは任せられん。お引き取り願おう」

「なら、神霊族の情報はいらないか?」

「神霊族、魔神族の情報は欲しい。だが、シオンを売る気はないよ。背後には父がいるんだ。危険なのは変わらない」

「わかった。神霊族と魔神族の情報を集める。それで、龍の長老にお願いしてくれないか?」

「天秤は偏りすぎだ。交渉にもならん。もう少し頭を冷やせ」

 チリンとベルの音が聞こえた。

 執事は隠し部屋から出た。そして、素早く、身だしなみを直して扉を閉じだ。

 応接間にノックがした。

「入れ」

「失礼します」

 執事は何食わぬ顔で応接間の扉を開けた。

「お帰りだ」

 クンツは執事と共に玄関に行ったようだ。

 コンコンと音が鳴った。

「シオン。書斎に来い」

 導師には隠れているのがバレているようだった。


 僕は少し遅れて書斎に行った。

 ノックをして中に入ると、開口一番にいう。

「血の話は誰にも話していないな?」

「ええ。あるといったら、暴動が起きると思いますから」

「うん。そうだな」

 僕の答えに同意のようだ。

「あれはないものとしてあつかえ。危なすぎる」

「そうですね。死にそうなときに飲みます」

「うむ。それでいい。……だが、クンツがあれほど欲しがるとは、思いもしなかった」

「人間は人間ということでは?」

「その歳で悟るなよ」

 導師は苦笑する。

「だが、クンツの能力なら龍が血を与えてもおかしくない。それだけの力は持っているはずだ。……お前はどう思う?」

 導師はいった。

「何かが欠けている気がします。使命がないというか、本質的なところは自由というか決まっていません。そのあたりが気になります」

「なるほど……。覚悟の問題か……。お前は自由を捨てて貴族になったからな」

「そうですね。でも、覚悟というより、道がなかったと思っています」

「それでも、選んだんだ。誇っていい」

「……はい」

「クンツが本物かニセモノかは、今回の件で決まるだろう。シオンは関わるなよ。下手な干渉はクンツを堕落させる」

「わかりました。特別視はしません」

 僕はクンツを見極めないとならないようだ。


 カリーヌの家に行く途中でクンツに会った。

 エルトンはさえぎるようにクンツの前にひざを着く。

「すまんが、本気の話だ」

 クンツは余裕がなくなっているようだ。

「私たちはいつでも本気です」

 エルトンは答えた。

「シオン。龍の血が欲しい。協力してくれ」

 クンツは声を大きくしていった。

「できません。僕は龍族に対して、それだけの働きをしていません」

「龍が血を分けてもいいと思えるほどの宝を出せばいい」

「それなら、なおさら無理です。僕は貴族です。宝探しなどできません」

「なら、貴族として宝を集めてくれ」

「それは導師に頼んでください。僕が判断する範囲を超えています。それに見返りがないです。いつものクンツさんならそれ相応の見返りを用意していたと思います」

「なら、お前の父の首でどうだ?」

「それなら、騎士団が動いています。それにクンツさんでは無理です。人族ですから」

「どういうことだ?」

 クンツはいら立っていた。

「神霊族と魔神族を調べればわかります。いつものクンツさんならわかっているはずです。これでは交渉になりません。どうしたんですか?」

「オレは変わらんぞ?」

「いつもの余裕がないです。それほど、長生きをしたいのですか?」

「当たり前だ。死など恐ろしくて考えられない」

 クンツの顔はゆがんでいた。

「そうですか? 僕にとっては死とは苦しみの終わりであり安らぎです」

「子供のいうことか」

 クンツの底の深さがわかった気がした。

「なら、交渉をする必要はないですね。僕は子供なのですから」

「クッ」

 クンツはうなると足早に離れていった。

 エルトンは頭を上げてクンツを見ていた。

「シオン様。クンツはどうしたんですか?」

 エルトンはいった。

 敵に塩を送られている。

 何より、クンツの自由さは影を潜めていた。

「龍の血が欲しいようです。エリクサーも求めていましたね」

「クンツとはそんな俗物だったのですか?」

「クンツさんも人の子だということです。彼には人族の寿命では足りないようです。やりたいことが多いのでしょう」

「人は人でしかないと受け入れられないんですかね?」

「そういう人もいますよ」

 僕は前世を振り返っていった。

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