第208話 敵と保険

 騎士団の練習場に向かう道でクンツが待っていた。

 すかさず、エルトンはクンツの前に壁になるかのようにひざを着いた。

 エルトンは騎士であり、クンツは男爵だからだ。

 しかし、エルトンの本当の理由は、僕とクンツを接触させないためだった。

「今日は雑談だ。勘弁してくれ」

 クンツはエルトンにいった。

「御用なら、うけたまります」

 エルトンは譲らなかった。

「シオン。この世界が囲まれているのは知っているか?」

 クンツはエルトンを無視していった。

「ええ。聖霊族の反応を見るとそうらしいです」

「それで、お前はどうする?」

 クンツにきかれても、今を生きるのに精一杯だ。余計なことまで手が回らない。

「今は放置です。それに僕が対処することではありません。今は目の前のことをこなすだけです」

「では、神霊族が敵になるとしたら、闘うのか?」

 僕はいつかは敵か味方か定めないとならないと思っている。しかし、敵なら闘わなければならないだろう。そのための準備は進めている。

「……必要ならですけどね」

 僕はそう答えるだけだった。

「そうか。ならいい」

 クンツは手を振って去っていった。

 クンツは生き急いでいるのかもしれない。神霊族はまだ、理解できていない種族だ。その情報を集めるのが先だった。


 カリーヌの家に行くと、またもジスランに捕まった。

「やっと、着工できるよ」

 ジスランは目の下にクマを作っていった。

「これが、設計図だ」

 ジスランは自信満々に広げた。

 やはり、レース場が広い。七割ぐらい占めている。そして、観客席だがゴール地点は庶民のための観客席になっていた。

 そして、貴族の席は一番高いく離れた席に作られていた。

 特等席はわかりやすく造られることになった。しかし、空いているスペースもある。それは後で作るようだ。

 客席は地面から段々と上に伸びている。そして、馬券の販売と換金所は観客席の裏に設けてある。トイレや食堂などは空いた場所に造るようだ。

 僕は本職でない。なので、図面を見て想像する。

 僕でも変なところがないか考えるが、思いつかなかった。

「僕では直すところはわかりません。初めての競馬場です。多少の粗さは覚悟してください」

「うん。それはわかっているよ。でも、これだけ煮詰めたんだ。失敗などさせんさ」

 ジスランのテンションは高かった。

 今は平和な時だ。庶民の娯楽として失敗しないと思った。

「ところで、情報商戦はどうなっているかな?」

 ジスランはいった。

「わかりません。宰相の判断次第です。今は荒れていると僕は思っています。なので、長期的に見て判断するかと」

「荒れている? 何か問題でもあるのか?」

「ええ。勇者と魔王は排除して戦争は終わりました。しかし、次の戦争のために、予備の駒が動いているのです」

「予備の駒?」

「はい。僕の父です。勇者と同じく人族では殺せません」

「そうなのか?」

「はい。お父様には競馬に集中して欲しかったのでいいませんでした」

「そうか。気を使わせたね。そちらの情報を集めるよ」

「疲れているので休んでください。導師が捕捉していますから問題ないです」

「そうか。ザンドラが見張っているか。なら、問題ないな。……僕は少し休むよ。最後の詰めで寝れてないからね」

「はい。着工したら、新しい問題ができます。それまでは休んでください」

「うん。ありがとう」

 僕はジスランの書斎を退室した。


「なあ。情報商戦はいつ始まるんだ?」

 ガーデンルームに行くと、アルノルトにきかれた。

「わかりません。宰相は国賓を迎えて忙しいようですので、まだ先になります」

「なんで、国賓が多いんだ?」

「勇者と魔王が死んだんです。それで、人族と魔族の戦争がなくなりました。その功績はこの国にあります。なので、各国がお祝いに来ているのです」

「騎士団が魔王を倒したのか?」

「バカ。それぐらい察しなさい。それ以上いうなら、過去の恥ずかしい話をするわよ」

 レティシア怒った。

「そんなことをいわれるほどではないだろ?」

「いわれること。後で親にききなさい」

「わかったよ」

 アルノルトは納得していなかったが、黙った。

 僕はいつもの席について紅茶をもらう。

「お疲れ様」

 カリーヌにいわれて、ほっとする。

 ここではいつもの時間が流れていた。

「でも、情報商戦は他の貴族も待っているだろう? 宰相でも止められないと思うが?」

 エトヴィンはいった。

「そうですね。最後まで引っ張る気かと。今は新しいことをする余裕はないようです。勇者の保険が動いていますから」

「何よ、それ?」

 レティシアは不満な声を出した。

「ここだけの話にしてくれませんか? 話すことで危険を呼ぶ可能性もあります……」

 場は静かになった。

「おうよ。来い」

 アルノルトが沈黙を破った。

「勇者は死にましたけど、保険という人間が動いています。目的は次の戦争のために、障害になる人物を排除するためです。その人間は勇者と同じく人族では殺せない加護を持っています。それが、裏で暗躍しています」

 一同は頭にいれるため静かだった。

「それって、だれ?」

 レティシアはいった。

「僕の父です」

 僕はいった。

「お父上は捕まったときいたが?」

 エトヴィンはいった。

「はい。断頭台にかけられました。しかし、生きています。この前も導師の手によって策略にハメましたが、一人だけ生き残りました」

「それって。勇者の問題が続いているってこと?」

 レティシアは不快そうにいった。

「はい。続いています。次の戦争の盤面をそろえるために動いています」

 皆は沈黙した。

「なあ。オレたちが知っていいことか?」

 アルノルトはいった。

「バカ。私たちだから話してくれたのよ。普通ならこんな話はしないわ」

 レティシアはいった。

「でも、大事だろ?」

「そうね。でも、それぐらい受け止められるでしょう? シオンの信頼を受けないつもり?」

「ああ。そうだな。すまん」

 アルノルトは事態の責任をわかっているようだ。

「まあ、ここだけの秘密にしてください。それにみんなには知って欲しかったのです。身を守るために。僕の友人と知れたら危害がおよぶ可能性がありますから」

 僕はいうが、みんなは静かだった。

 まあ、僕を危険だと仲間から弾いても文句はいえない。僕は父がいる限り危険人物だ。いつ、仲間外れになっても文句はいえなかった。

「シオン」

 カリーヌは僕を見る。

「いつものように来てくれるよね?」

「いいんですか? 僕に関わると危険があります」

「それは貴族だと理解した時に覚悟しているわ。だから、離れないでね」

 カリーヌの言葉に泣きそうになる。危険なのに、それでも関わってくれる。

 僕なら逃げるだろう。しかし、カリーヌは離さない。僕はうれしくて泣きそうになる。だが、泣くのは間違っている。

「申し訳ありません。面倒をかけます」

 僕はそうとしかいえなかった。

「ううん。それ以上に私たちも頼っているの。だから、離れないで」

 カリーヌはほほ笑んだ。

 僕は安心して笑ってみせた。

 少し、涙が出たかもしれない。

「まあ、オレたちの敵だ。潰せば問題ない」

 アルノルトはいい切った。

「まあ、そうだな。それに、貴族なら敵はいくらでもいる。その一つでしかないな」

 エトヴィンは笑った。

「情報商戦を早くに始めてくれないかしら。言葉で潰したいわ」

 レティシアは危ない遊びをしたいようだ。

 僕はみんなの気持ちがうれしくてほほ笑むだけだった。

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