第207話 事後

 導師が転移して家に帰ってきた。僕はその気配を察知して玄関に行った。

「シオン。あいつは人間か? もう、暴れていたぞ」

 導師の言葉に頭が追い付かない。

「エルトンさんですか?」

「ああ。私の工房に運んだら、すぐに目を覚ました。そして、闘おうとしていた。終わったことに気が付かなかったようだ」

 導師は暴れるエルトンに手を焼いたようだ。

「それで、エルトンさんは元に戻ったのですか?」

「それなんだが、後遺症はない。指も腕も足も動く。それ以上にマナにあふれていた」

 導師はあきれるかのようにいった。

「それは問題なのですか?」

「ああ。元気が良すぎる。再戦するために鍛えると、どっかにいってしまった」

 僕はエルトンの行動がわからなかった。

 エルトンは常識を知っているはずだった。だから、そんな行為に走るとは思わなかった。

「エルトンの居場所は追ってある。しばらくしたら、頭が冷えると思う。たぶん、マナの過剰摂取で興奮しているのだろう」

「それならいいですが……」

「まあ、死人が出なかったんだ。丸く収まったとしよう」

 導師は苦笑いをした。

 僕ができることはない。なので、導師のいう通り納得するだけだった。


 翌日、エルトンに会う。その姿は今まで通り元気そうだった。

 話をきくと、エルトンは元に戻ったようだ。後遺症もなく元気で仕事をしていらしい。

「申し訳ありません。醜態しゅうたいをさらしました」

 エルトンに謝られた。

「いえ。無事ならいいんです。後遺症はないですか?」

「はい。きちんと治してもらいました。そればかりか、少し力が上がった気がします」

 マナを過剰に入れたための副作用なのかわからない。

「他に変わりはありませんか?」

「はい。問題ありません」

「なら、よかったです」

 僕は安心した。

 エルトンは元に戻ったようだ。

「……私がお願いしておきながら、死にかけて申し訳ありません。普段、シオン様が私たちに合わせて、魔法を展開していたのがわかりました。ですが、本気になると別人ですね。底が知れません」

「いえ。試作品も入れて対応しました。それに、本来なら使ってはいけない魔法を使いました。僕の失敗です」

「ご謙遜けんそんを。本番では何でもありです。ためらないでください。シオン様の命を縮めるだけです」

「……はい。そうですね」

 僕はエルトンの優しさにうなずいた。


「導師。父に滅殺が効くとしたら神霊族にも効くと思いますか?」

 僕は朝食の席できいた。

「可能性はあるな。だが、それを試す機会は一度しかない。お前の父と神霊族だ。父が倒されれば神霊族が出てくる確率が高い。再戦などないだろう」

「実験はできなくて命懸けになると?」

「ああ。たぶんな。今はお前の父の力をはいで、先延ばしにしているだけだ。いつかはケリをつけないとならん」

「そうですね……」

 僕はそれ以上いえなかった。

 父は心が醜くなっている。僕だけでなく人を憎み始めているようだ。父には逃げる先はない。戦って勝ち残るしかない。そうしなければ、衛兵や騎士に切り殺される。盗賊というより人族の害になっている。国家を滅ぼすか、人のいない場所に隠遁するか、死亡して消えるか、道はなくなっていた。


 クンツ・レギーンが屋敷に来た。

 用件は新しい魔導書を買い取って欲しいとのことだ。

 僕と執事のロドリグは隠し部屋に入った。

 応接室では導師が相手をしている。

「本題は何だ? 魔導書はお土産だろう?」

「察しがよくて助かるよ。実は神霊族と魔神族が邪魔になった。それで、力を借りたい」

「詳しくは?」

「神霊族と魔神族で遊戯盤として結界で守っている。そのため、その外の世界に出れない」

「話が見えないな?」

 導師の声は慎重だった。

「知らないのか? 龍の長老からは聞いてないのか?」

「ああ。今は早いみたいなので聞かなかった」

「それは賢明だな。だが、知ってしまった。どうする?」

「変わらないさ。私たちは目の前の敵を倒す。それだけだ」

「なら、オレたちが倒してもいい」

「シオンの父を殺せると思っているのか?」

「ああ。できると思っている」

 クンツの言葉は自信にあふれていていた。

「人族では殺せないぞ」

「ん? 勇者と同じなのか?」

「ああ。力を持ったので、力をはいだ。その時、トラップにハメたのだが一人だけ生き残った」

「なるほど……。それなら、他種族を使うだけだ。エルフやドワーフが仲間にいる。妖精族だから殺せるだろう」

「そういう手もあるか。だが、神霊族の加護を受けている。妖精族だから殺せることはできても、倒せる確証はない」

「それは、オレたちがフォローする」

「……それで、その後はどう考えているんだ?」

「そこで、神霊族と魔神族を倒して欲しい」

「勝手だな。だが、私たちは倒せる確証はない。それどころか、闘う必要性がない。シオンの件があるから父親を攻撃しているが、神霊族を敵にする得はない」

「まあね。でも、神霊族と魔神族がいる限り、勇者と魔王は生まれて戦争になる。それは王国を維持するために闘う理由になると思う」

「まあ、そうだな。国家があって貴族がいる。私たちが貴族であるには戦争で勝たなければならない」

「なら、神霊族と魔神族を倒せば終わると思わないか?」

「思わんよ。敵は新たに出てくるだろう。神霊族と魔神族は遊戯盤として私たちの世界を囲っている。それは、守っている側面もある。なので、新しい敵が現れると考えられる」

「今までの生活を続けるつもりかい?」

「……本当の平穏ならな。だが、私たちは力を求められている。急かされなくてもいずれは時が来る」

「……そんか。それはすまなかった。冒険者として先走ったようだ。だが、その時が来た時に動けるのかい?」

「心配するな。これでも公爵だ。だてに貴族をしていない」

「わかった。この件は頭の片隅に置いておいてくれ。それだけでいい」

「ああ。わかった。それで、公爵家の護衛になれるような人はいるか? いや、妖精族がいい」

「すまんがいない。公爵家となると礼儀がきちんとできてないと勤まらないのをよくわかった。だから、紹介はできない」

「そうか。礼儀作法はこちらでしつける。それでも、いないか?」

「思い当たらないね。すまないな」

 その後は情報交換が進んだ。

 僕と執事のロドリグは隠し部屋から出た。

「護衛は欲しいですね。それも人族でない人がいいです。そうなると、妖精族になります。シオン様の過去の師匠は当てにできますか?」

 ロドリグはいった。

「マールがいる。でも、便りはない。どこで、何をしているかわからない」

「そうですか。私も伝手を頼ります。このお屋敷には門番だけでなく護衛が必要ですので」

 ロドリグは執事として考えているようだ。

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