第205話 かけ引き

 夕食の席で導師はいう。

「父親が王都郊外にある小屋にいる。これは誘いだと思うが、お前ならどうする?」

「傭兵で様子見ですね。肝心の手持ちの駒は使いません」

「そうだな。罠を張っているのはわかっている。だが、好機でもある」

「父は保険を何重にもかけますよ。なので、罠なら見学でとどめるのがいいですね。父は無視されるのを嫌いますから、あちらが動くのを待つ方がいいです」

「なるほど。傭兵に監視だけを依頼する」

「あちらが動いたら逃げるようにいってください。父には怒りを蓄積させたいです」

「わかった。決して戦うなと契約させる」

 父はまだ王国にいるらしい。だが、他国では居場所はないだろう。支援してくれる貴族がいるのはこの国だけだからだ。


 導師の依頼に傭兵は素早く動いたようだ。

 目的は父だけであり、それ以外は無視をするようだ。

 そのため、戦闘はしない。ちょっかいは出しても逃げるようにいってある。本来の目的を知った傭兵は挑発するようだ。

 これで、父は平静でいられないだろう。

「シオン。それでいいのか?」

 導師にきかれた。

「ええ。父のみにくい姿は見たくはありません。終わらせるには必要です」

「あまり無理するなよ」

 導師に頭をなでられた。


 父は罠にかからない傭兵に不満を積もらせているようだ。

 ちょっかいを出すが、乗ってこない傭兵を笑ってみせる。

 しかし、傭兵はしつこく監視を続けた。それが、父のいら立ちを加速させていた。

 決して戦うなという命令に傭兵たちは忠実だった。

 父が出てくれば引くし、移動すればちょっかいをかける。

 どちらが精神を擦切らせて、暴走するかの賭けになった。

 父はいら立ちながら、近くの木や草を切って八つ当たりしていた。しかし、傭兵は静かに見ていた。


 父はとうとうしびれを切らした。

「追え!」

 父は仲間たちにそう怒鳴って、傭兵たちに向かっていった。

 しかし、傭兵たちは決められた行動で逃げた。

 父はその後を追う。だが、傭兵たちの足は速い。

 父の背後では小屋に収まっていたトロールの大きな体があった。しかし、傭兵たちには関係なかった。

 逃げるのが仕事だからだ。倒す必要はない。

 父は怒りに任せて傭兵を追いかける。

 しかし、そこには導師の工作員が罠を張っていた。

 傭兵が通り過ぎると、罠が動いた。落とし穴や落石。考えられる方法で父を襲った。

 父の仲間は倒れていく。しかし、父だけは傷一つもなく走っていた。

 これには傭兵も恐怖したようだ。必死に逃げたらしい。

 だが、すべての罠が作動した後に、父だけは傷一つなく立っていた。

 傭兵たちは追ってこない父を見ながら逃げたようだ。

 しかし、父の仲間はみんな死んだようだ。

 父を倒すことはできなかったが、予定通り、父の力をがすことはできた。


「導師。父が人外です」

 導師の話をきいて、僕は不満を隠さずにいった。

「そうだな」

 導師はふと笑った。

 僕の顔が面白いらしい。

「父は死なないんですか?」

「おそらく、勇者と一緒だろう。人族である限り殺せないと思う」

「神霊族を倒せる方法なら倒せると思いますか?」

 導師は上を見て考える。

「可能性はあるな。ただ、神霊族がお前の父に手を貸しているという条件があったらの話だ」

「あの父の悪運の強さは神霊族の加護ではないんですか?」

「わからない。だが、何にかしらの加護がなければ、すでに死んでいるはずだ。それは神霊族とは限らない。それより上の可能性がある。今度、僧侶にきいてみるよ」

 父との闘いはまだ続くようだ。


 導師による父の監視は続いた。傭兵が持ち回りで監視している。

 しかし、父は動かない。仲間がいなく身の危険を感じているようだからだ。

 あきらかに怯えていると報告があるが、傭兵には監視だけを続けさせた。

 もちろん、工作員も張り付かせている。

 そこに、馬車の乗った男が訪ねてきた。その馬車の持ち主は特定してある。しかし、下級貴族だ。本命を釣るには低すぎた。だが、それは、裏で内密に導師は上に報告していた。


 僕はカリーヌの家に行くたび、家長のジスランに捕まった。

 僕の知る競馬場の絵と構造図を出してある。なので、ジスランが設計者と決めて着工してもいいころ合いである。

 しかし、ジスランは慎重だった。

 やはり、貴族の特別な部屋が必要なようだ。それで、特等席は決まっているのだが、納得していない。

 レース場は広いので、観客席だけで埋まらない。なので、空いた場所に作ればいいのだが、こだわっていた。

「王様を呼ぶなら、レース場から遠く一番高い場所になりますよ。そこが特等席です」

「安全の面から問題だ。大衆から見れる。魔法を使われたら終わりだ」

「なら、貴族専用のスペースに作るしかありませんね。でも、あきらかに重要人物がいるとわかります。狙われますよ?」

「うん。わかっている」

「どちらか、妥協するしかないですよ。ゴール前に貴族専用の箱は作れません。民衆に嫌がられますし、そんなところの特等席には人をかき分けて行けないですよ? 民衆の怒りはわかっているはずです」

「それが、競馬でもか?」

「ええ。賭け事なので頭に血が上る人が多いです。危険です」

「……わかった。素直に安全を取る」

「はい。そうしてください。競馬場でテロが起きたら問題です」

「うん。わかった。今日はここまでにしよう」

 僕はジスランの書斎を出た。


「よう。競馬は進んでいるのか?」

 ガーデンルームに入ると、いつものようにアルノルトにいわれた。

「着工には近い内に入りそうです。考える案件は少なくなりました」

「そうか。なら、楽しみだな」

 アルノルトは喜んだ。

「気が早いわね。半年はかかるっていっているでしょう?」

 レティシアはいった。

「まあ、それでも、楽しみだろう?」

「そうね。でも、その前に新しいカジノのゲームはないの?」

 レティシアは僕を見た。

「新しくはありませんが、ちょっとパチンコの細工を少し凝ったものにしようかと考えています」

「へえ。それって、どんなの?」

「ハネものですね。あるところに入ったら、ハネが広がるような細工を作ろうかと思います。それに、パチンコは魔力で連打するようにしたいです。まあ、これは競馬が一段落しないと始まりません」

「今度はレバーを弾いてマメを作らなくていいのね」

「そうなります。その代り、魔力回復のためにポーションを何本も飲むことになるかと」

 みんなが肩を落とした。

 パチンコとスマートボールの確立の統計に手を貸したことを思い出したようだ。

 最初は楽しんでいたが、最後にはノルマになっていた。それは、つらい仕事になっていた。

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