第201話 案件

 午後からカリーヌに家に行く。

 書斎はできるうれしいことがあったし、カリーヌの家で遊べるので楽しみだ。

 門番の騎士と共に石畳の道を歩いてカリーヌの家に行く。

 導師の屋敷は公爵のため一等地に立っている。だから、同じ公爵家であるカリーヌの家は近かった。

 すぐに家に着いて、門番と別れて門をくぐる。そして、玄関に入った。

 玄関ではジスランがメイドと共に待っていた。

 忘れていた。競馬場の建設工事は進んでいる。問題は山積しているのだろう。

「やあ。待っていたよ。今日は騎士団が忙しいから練習はないと思っている。どうかな?」

「はい。お休みの予定です」

「なら。少しばかり時間を使ってもいいだろう。さっそくだが書斎に来てくれ」

 ジスランの仕事は積もりに積もっているようだ。

 ジスランの書斎に入ると、机の上に紙の束が積み重なっていた。

 ジスランは机に備えられたイスに座る。

 僕も空いているイスに座るようにいわれた。

「ここのところ、世間は物騒なのだが、工事は関係なく進んでいる。それで、問題が多く出て来たので、見て欲しい」

「はい……」

 僕は今日は長く拘束されると覚悟した。

「それで、光掲示板のサンプルが届いた。それを見てくれ」

 ジスランは箱を取り上げて机の上に置いた。

 魔灯という、魔力で光る小さな玉が何百も並んでいた箱だった。

「どうかな?」

「これなら、文字も表示できますね。ですが、数字だけならもっと簡単にできますよ」

「そうなのかい?」

「ええ。七つの棒を並べて数字を表示します」

「ちょっと、書いてくれ」

 ジスランに紙とペンをもらった。

 僕は写生板を空間魔法で出した。写生板の上で図柄を書いて見せた。

「これなら知っている」

 この異世界ではあるらしい。七セグメントディスプレイというようだ。やはり、僕より先にこの世界に来ている人がいるようだ。

「うん。これなら、わかりやすい。採用だね」

「著作権は誰が持っていますか?」

「魔道具作りの天才だよ。名前は忘れたなあ。小さい頃は神童で有名だったらしい。それで貴族に召し抱えられて色々な魔道具を作った。晩年は発想がなくなったのか、新たに作ったとは聞いていない」

「生きていますか?」

「ああ。死んだとは聞いていない。ザンドラは知っていると思うよ。何度か会ったらしいから」

 導師は知っているようだ。今度紹介してもらえるように頼もうと思った。

「それで、問題があるのだが、観客席とレース場の距離を離すか考えている。馬は周囲の変化に敏感だからね」

「そうですね。暴動が起きても馬が逃げられるだけの距離があればいいかと。かなりの距離をとるといいと思います」

「うん。そうなるか。でも、レース会場を大きくしたくはないんだよね。壁で囲んだスペースは今になって広くはないと気付いたんだ」

「初めて作るんです。失敗はあるのが当然です。問題はあるものの中で、何とか形にするしかないと思います」

「うん。そうだね。それで、削れる施設は削りたい。食堂を作ると大きくなりすぎる」

「食堂は小さくていいですよ。全員のお腹を満足させる必要はありません。それに、競馬場に来る時間も様々なので、食べる時間も様々です。昼になったら混むと思いますが、すべてのレースに張り付いている人はいません。自由な時間に馬券を買って、ご飯を食べる。結果はご飯を食べた後に知ればいいだけです。馬券は一か月ぐらいは有効にすればいいですから」

「なるほど。一斉に動くことはないんだな?」

「最初は動くかと。その内、慣れて自分の時間で動くようになるかと」

「そうか。それなら、事前に新聞で教えればいいな」

 ジスランはメモを走らせた。

「そうですね。……新聞というと他と一緒になるので、競馬新聞と名付けるとわかりやすいです」

「うん。その名前にしよう。今は凝ったことは考えているヒマはない」

「まだ、基礎工事ですよね。そんなに問題があるのですか?」

「残念ながらある。肝心のレース場だ。直線の長さとカーブの曲がり具合。これは馬主と共に、馬を走らせて決めるしかない」

「……ああ。そうですね。それは必要です」

「今は王都が荒れているから実地はできないが、馬主たちに話を聞いて場所を確保しているところだ」

「それで、施設の配置が問題になっているんですね」

「うん。レース場を確保してから施設を造りたいのだが、工期を考えると同時になると思う」

 一日、工事を伸ばして、何もしないだけでも金はかかる。なので、工期の先延ばしてお金を失うほど余裕はないようだ。

「一日でも早く、馬を走らせてくれる馬主を用意するしかありませんね」

「うん。それが難しい。馬も怯えているらしい」

「そうですね。今日になって僕はここに来れましたから。後は騎士団が落ち着くのを待つだけです」

「そうだね。君はどこまで知っている?」

「導師の敵の貴族に痛手を与えたことと、父が各国で指名手配犯になったぐらいです」

「うん。それだけ知っているのならいい。君では深入りすると火傷する。これは大人の世界だからね。君には早すぎるから注意してね」

 ジスランは優しくほほ笑んだ。

「はい。今は導師を通じてしか情報が入って来ませんから」

「そうだね。では、たまっている用件がある」

 ジスランは重なって高くなった紙の束から一枚とった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る