第199話 戦いの始まり
「ジークハルトの葬儀は終わりました。これからもよろしくお願いします」
エルトンは僕にいった。
いつものように胸を張って大らかにいった。
「はい。エルトンさんの希望にそえなくて申し訳ありません」
「いえ。あいつが選んだ道です。後悔しても本人の責任です。もう子供ではないのですから」
エルトンさんは教え子の死を乗り越えたようだ。
しかし、殺した僕の護衛を続けるのは苦痛だろう。
「エルトンさんは僕の護衛でいいのですか?」
僕はきいた。
「もちろんです。シオン様は痛みも抱えて歩いております。それを否定はできません。あいつの道がシオン様の道をふさいだだけです」
「そうですか。ありがとうございます」
「ですが、虎視眈々と首を狙っているかもしれませよ」
エルトンはいたずらっぽくいった。
しかし、その言葉には本心が含まれていると感じた。
人は理性だけでは生きていない。感情があって初めて人といえる。なので、冗談ぽくいっても本心は含まれていると感じた。
「その時は自分の目がなかったとあきらめるだけです」
僕はほほ笑んで見せた。
エルトンは目を丸くした。
「これからもよろしくお願いします」
僕はエルトンにいった。
「試すようなことをいって申し訳ありませんでした。やはり、私の目は間違っていなかったです」
エルトンは優しくほほ笑んだ。
「導師。『滅殺』よりも『崩壊』を先に覚えた方がいいです。わかりやすいですから」
食事の席で導師にいった。
「『崩壊』とは何だ?」
「滅殺と並ぶ奥義です」
「ん? 滅殺は奥義なのか?」
「はい。その流派では奥義になってました」
「なるほど。困難なはずだ。基礎も知らずに奥義を覚えるのは無理だ」
「すみません。他にも術があるのですが、神霊族に通用する技が思いつきませんでした」
「それで、崩壊か。どんな術になる?」
「建物が一瞬でバラバラになって崩れ落ちるイメージです」
「ふむ。それなら、魔法でも可能だろう。それで、何を使って修行するのがいいんだ?」
「粘土がいいかと。何度でも作り直せます」
導師は執事を呼び寄せて頼んだ。
「それで、お前は崩壊は使えるのか?」
「ペンで試しました。そうしたら、柄の部分がボロボロになりました」
「なるほど。わかりやすい。滅殺は崩壊ができたらでいいのか?」
「ええ。順序として正しいかと。ですが、滅殺を試す物がないです」
「それなら、あるぞ」
導師はイヤらしくほほ笑んだ。
「聞きたくありません」
僕は身の危険を感じた。
「ダメだ。これは乗り越えないとならん」
そういう導師の声は笑っていた。
「近々、墓場に行くぞ。ゴーストを相手に滅殺を試す」
導師の言葉は僕には死刑宣告と同じだった。
父が集めた傭兵団は壊滅したようだ。
導師が手を回しらしい。具体的には教えてくれないが、そうなるように工作員を動かしたとのこと。
騎士団が王都を走り回っているが、僕の予想通りに父には逃げられたようだ。
逃げ足が速すぎる。それが、騎士団の評価だった。
そのことからも、導師の助言は軽く見ていられたようだ。
だが、これからが本番である。表の傭兵団が潰れても、本命があると予想している。
動くのは近いだろう。
騎士団が王都を走り回っているため、僕はカリーヌの家にも騎士団の練習場に行くこともできなかった。
時間ができたので、前世の修行法を紙に書いてまとめた。
そして、その修行を一から試すように修行した。
霊術の修行は魔法のようにわかりやすくない。攻撃が目に見える形で発現しないからだ。はた目から見れば、目を閉じて考えているか、瞑想しているとしか見えない。
ただ、探知の魔法と共に修行するとマナが激しく動いていた。
マナを操る。それが、神霊族に対する決め手になるのかもしれない。僕は前世で挫折した修行をやり直していた。
「シオン。修行はどうだ?」
昼食の席で導師にきかれた
「それなら、一からやり直しています。それで、修行法を紙に書きましたので、後で書斎に持っていきます」
「わかった。それより、崩壊で粘土を崩すのだが、粘土らしく元に戻らない。これは進んでいるのか?」
導師は僕よりも先に進んでいた。こうも簡単にできると、僕の才は普通らしい。
「進んでいると思います。粘土からマナが離れたのでしょう。この世界で形を保てなくなったと思います」
「なるほど。マナが重要なようだな。探知魔法でマナの動きを見てみよう。これはこれで面白いな」
導師はほほ笑んだ。
導師は根っから魔法が好きらしい。
僕も好きだった。だが、前世の挫折で気が重い。魔法は使えても呪術は違う。求める力が持てるか不安だった。
「シオン。顔が暗いな。前世のことを引きずっているのか?」
「……はい。前世ではできませんでしたから」
「なるほど。だが、魔法を使えるのなら、マナも操作できる。この世界ならお前はマナを操作して使っているのだぞ。できないはずがないぞ」
導師には意外そうな顔でいわれた。
確かにマナを操作できる。だが、呪術とは違う。念によって事象を書き換える。魔法とは違う。
「それこそ、間違っている。マナを操るのも念の力だ。そうでなければ、お前が爆弾になれるはずがない」
「僕はできているということですか?」
「ああ。魔法を使っているんだ。基礎はできている。それに、戦略級魔法はそのイメージ力がなければできない。私の知らない法則を信じている。その信じる念が魔法として形を成している。魔法の基礎を思い出せ。イメージの投影だと」
「……そうでしたね。あちらではできませんが、こちらでは魔法として形にすればいいだけですね」
「ああ。それでいい。前世の世界とこの世界は違う。あちらの世界を基準にするな」
「はい。わかりました」
僕はこの世界は優しいと感じた。この世界は僕の想像を形にしてくれるからだ。
「それで、今晩にでも墓地に行こうと思う」
導師が爆弾を投げた。
「今はやめた方がいいです。騎士団が見回りしています」
僕はあわてて止めた。
「怖いだけではないのか?」
そういわれると図星である。
「ですが、外に出れないのですよ。そんな時、墓地にいたら、騎士団に連行されます」
イヤなことはイヤなので必死に止めた。
「だが、怖いからといって立ち向かえないのは困る。立ち向かう勇気を育てる必要はある」
導師のいうことは一理ある。だが、もう少し大きくなってからでもいいと思う。
「導師様。シオン様の修業は今はおやめください。騎士団に捕まったら公爵家の名前を汚します」
執事のロドリグはいった。
「ふむ。そうか。だが、次の手まで時間がある。それまでの間にできることをしたい」
「次の手って何ですか?」
僕はきいた。
「それは後のお楽しみだ。少しは楽しませてもらえると思う」
「はあ……」
導師は生き生きしていた。
何をするのかわからないが、大事になるのかもしれない。しばらく、情報に注意を払うことにした。
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