第197話 傷

 僕は日課となった修行をする。

 マナを何度も体に巡らして操作する。そして、圧縮して腹にためる。

 それから、滅殺を練習する。

 しかし、机に立てたペンは消えることもなかった。試しに『崩壊』の奥義を練習する。すると、ペンは折れた。

「へっ?」

 僕は予想外の出来事にただただ、折れたペンを見るだけだった。

 崩壊ができたようだ。だが、物理的である。これは違うと思うが、希望が出てきた。

 僕は机に近づいてペンを見た。

 ペンは断面だけボロボロになっている。崩壊というに等しい結果だった。

 僕はその壊れたペンに崩壊を念じる。すると、マナが集まってペンを崩した。

 マナが干渉して物理現象を起こしている。魔力と関係なしに思いの力だけでマナを動かしていた。

 それは初めての現象だった。

 僕は導師の書斎に走った。

 僕はノックもなしに書斎を開けた。しかし、導師はいなかった。

 がらんどうの書斎に僕の頭は冷えた。

「シオン様。導師は自室に行きましたよ」

 背後を見るとノーラがいた。

「……そうなの?」

「はい。……寂しくなったんですか?」

 ノーラはほほ笑んだ。

「……そうかもしれない」

 ふと涙が流れた。

 挫折に希望が灯った。それだけで救われた気がした。

「シオン様。寂しかったら、会いにいけばいいだけです」

 ノーラに涙を拭かれた。

 そして、ノーラに手をつながれて、導師の部屋に行った。


 ノーラは導師の部屋をノックした。

「入れ」

 導師の声が聞こえた。

「失礼します」

 ノーラと共に部屋に入った。

「ん? どうした」

「シオン様が寂しいようです。書斎の前で立ちすくんでいました」

「そうか。わかった。さがっていいぞ」

「はい」

 ノーラは僕を置いて部屋を出た。

「どうした。お前にしては珍しいな。いや、初めてか。何があったのか話せ」

 導師はソファーの隣の席を叩いた。

 僕は素直に従って隣に座った。

「どうした?」

 導師の優しい声が聞こえた。

「滅殺はできていません。その代り、崩壊が形になりました」

「ここでも魔法のことか? お前は変わらないな?」

 導師は僕の頭をなでた。

「僕は前世では何者にもなれませんでした。だから、何者かになりたくて、魔法にしがみついています」

「そう思わんな。お前はお前になればいい。他人が決める役割をする必要はない。クンツを見習え。冒険者といいながら、面白いと思うことには、何でも首を突っ込んでいる。シオンももっと自由になれ。こうでなければならないという固定観念はやめろ。やめないと、お前がお前でなくなる。型にはまった人間にはなるな」

「そんないい加減でいいのですか?」

「ああ。私はそうだぞ?」

「ですが、導師は宮廷魔導士です。それに公爵もできています」

「それは私の一面にすぎん。私は俗物だぞ。それでなければ奴隷など買わんよ」

「それは公爵として失格ですね」

 僕は思わず笑った。

「そうだな。でも、後悔はしていない。そればかりか毎日が楽しいよ」

「本当ですか?」

「ああ。だらだらするヒマさえなくなった。お前が来てからな」

 導師は笑っていた。

「僕はここに居ていいのですか?」

「まだ、そんなことをいうか。ここはお前の家だ。帰る場所はここだ」

「はい。そうですね」

 僕は安心して導師に寄り掛かった。

「まだまだ、体も心も子供なんだ。離れるなよ」

 導師は僕の頭をなでた。

「うん」

 僕は睡魔が襲ってきて目を閉じた。


 目を開けると、目の前にノーラがいた。

「ダメですよ。導師に甘えるのはいいですが、昼間まで寝ていては」

 僕はあわてて起きた。

「今、何時?」

「もうすぐ、正午です。朝食は食べられませんね」

 僕は昼まで寝ていたようだ。

 周りに異変を感じる。見渡すと、僕の部屋ではなかった。

「ここは導師の部屋です。あの後、寝たので導師と一緒に寝たようです。それで、導師はゆっくり寝させてくれと頼まれました。それで、起きるまで待っていました」

「ごめん。寝過ごした」

「いえ。導師は疲れているからゆっくり寝させてくれといわれました。なので、怒ることはないですよ。それよりも、もうすぐ昼食になります。着替えてください」

 ノーラに普段着を渡されて着替えた。

 そして、食堂に向かった。

「よく寝られたか?」

 導師はいつものようにいった。

「はい。ぐっすり眠れました。迷惑をかけました」

「それぐらいの迷惑は歓迎だ。いままで、手がかからない方が変なんだ。寂しくなったらいつでも来てくれ。歓迎するぞ」

「……はい」

 僕は恥ずかしくなった。体は子供でも精神的には大人である。そんな僕が寂しいからと甘えるのは抵抗があった。

「まあ。前世の記憶に引っ張られているが、お前はまだ幼い。無理して大人をする必要はない。それに子供である特権を逃しているぞ。わがままは子供の特権だ」

 導師はクスリと笑う。

「前世の記憶があるので恥ずかしいです」

 僕はそういって顔を背けた。

「相談なら、いつでものる。だから、家族として遠慮するなよ」

 僕は恐る恐る導師を見る。

 導師は優しくほほ笑んでいた。

 その顔に僕はほっとした。

「はい。その時はグチもきいてくれますか?」

「ああ。当然だ」

 僕は導師の言葉に安心した。

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