第196話 事後

 朝は語学と算数の授業と、防御魔法の再現に費やした。

 午後は安住の地であるカリーヌの家に行った。しかし、家長のジスランに捕まった。

 競馬の件がある。決めることが多すぎた。

「収容人数は考えているか?」

 ジスランにきかれた。

「それでしたら、塀で囲った時点で決まっています。レース場と観客席。その他の施設で決まります」

「むう。そうだな」

 ジスランは難しい顔をした。

「あれだけのスペースがあるので、闘技場と同じだけの人数は収容できると思いますよ」

「そうか。ならいい。それより、施設が決まっていない」

「すぐ、思いつくのは食堂ですね。早くて安く提供できる食べ物を中心にそろえるのがいいかと」

「貴族は?」

「それは特別に頼むしかないですね。裏口から運ばれるようにするしかないです」

「なるほど」

「それより、動線を決めるのが先かと。人の流れを無視した施設では問題が出ます」

「人はどう動くと思う?」

「まずは、馬券を買えるところですね。そこが一番人が集中します。それと換金所と客席。その三つを中心に作るのがいいかと」

「ふむ。それ以外の施設は?」

「トイレですね。これは多く作ってもいいかと。それから、飲み物や食堂になるかと。まあ、一日中いる人は多くないです。本命の九レースを見て帰る人が多いかと」

「ん? 十レース目ではないのかい?」

「そうですが、九レースに目玉のレースにしていましたね。十レース目にすると帰りが混雑するようなので」

「なるほど。参考になる」

 ジスランはメモをしていた。

 その後はパドックや馬のゲート、売り子や柵などの話をした。


「おう。……今日はお疲れのようだな」

 テラスに行くと、アルノルトにいわれた。

「ええ。競馬の件で頭を使いすぎました」

「それは大変だったな」

「はい」

 僕はいつもの席に座った。

 メイドに紅茶をもらって一口飲む。

 相変わらず、新しい茶葉で楽しませてくれた。

 僕は息をはいて、肩の力を抜いた。

「競馬はそんなに大変なのか?」

 エトヴィンに心配された。

「今は大変ですね。施設が上手く作れないと集客力が落ちます。それに後から変更するのも大変ですから、しっかり考えて作らないとならないのです。まあ、初めてなので粗があると思いますが」

「まあ、そうだが、いつより疲れているように見える」

「ちょっと考えることが多くて……。まあ、すぐに慣れると思います」

「龍のところに行ったのと関係あるの?」

 レティシアは鋭かった。

「ヒントをもらっただけです。だが、実現できるかわかりません」

「そう。それで忙しいと?」

「そうですね。まあ、そちらは時間はあるので問題ないです。それより競馬が先ですね。軌道に乗らないと終わらないと思います」

「ごめんね」

 カリーヌに謝られた。

「いえ。お父様が一番忙しいのです。僕は口だけしか出していなので楽な方です」

「そう。ありがとう」

 カリーヌはほほ笑んだ。

「大丈夫ですよ」

 僕は笑って答えた。

「それより、競馬場に欲しいものはありますか? 今ならねじ込めます」

 僕はいった。

「はい、はい。事前に配当率が知りたい」

 アルノルトはいった。

 僕は忘れていた。予想配当率がないと意味がない。

「それは必要ですね。今度、お父様に伝えます」

 その後はみんなはまだ見ぬ競馬場を想像しながら欲しいものを考えていた。


 アドフルとエルトンに迎いに来てもらい、カリーヌの家から騎士団の練習場に向かった。

 この日は無口だった。

 僕は前世の挫折を思い出していた。

 導師に合わせる顔がない。自分には才能がない。それを再確認するだけだった。

「シオン様」

 ななめ前を歩くエルトンが足を止めた。

 僕とななめ後ろにいるアドフルも足を止めた。

「……何でしょうか?」

「私はあの時、ジークハルトを叩きのめして矯正きょうせいしようと考えました。それは、私の傲慢ごうまんでしょうか?」

「エルトンさんだからできることです。しかし、あの場は戦場です。僕にとっては生きるか死ぬかの二択しかありません。敵に塩を送るほど余裕はありません。もし、それをしたかったら、先に僕から彼を取り上げてください。僕にとっては父の仲間は敵でしかないのですから」

「……わかりました。シオン様よりも強くなります」

 エルトンは前を向いて歩きだした。

 僕はアドフルを見た。

 アドフルは僕の耳元に手をやって小声でいう。

「彼の葬儀があったのです。そこで、何かあったと思います」

 僕は納得した。

 葬儀で何かあったのだろう。自主退職したサムエルのことも気になる。

 後で、クンツに相談したいと思った。だが、クンツは仲間を率いてもまとめる力は弱いと思った。


 夕食の席で導師にエルトンのことを話した。

「何があったか、クンツさんにききたいのです。できますか?」

「……やめておけ。それは貴族であるお前が首を突っ込むな。傭兵同士の流儀がある。まして、お前は子供だ。一人前の人間の年齢にならないお前の言葉は無視される。人生経験がないとな」

「では、何もできないと?」

「ああ。エルトンの仲間内の話になる。だから、上から見ている貴族には口を出して欲しくないと思う。……すまんな。クンツを遊びで使った。こんな風に問題が残るとは思わなかった」

「いえ。クンツさんとの縁は切らない方がいいです。クンツさんは力がありますから」

「そうだな。彼は有用性がある。……ちょっと彼にぼやいてみるよ。それで、何もなければ、それまでの話だけだろう」

 導師はなんだかんだいっても僕を心配して動いてくれる。一番身近で頼りになる人を忘れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る