第187話 嫌がらせ

 父が現れたのは、騎士団の練習場から帰った時だ。

 疲れているのを狙っているのだろう。

 だが、体は温まっている。少しの疲労を感じるが、訓練の延長と考えれば問題ない。

 現れた父は家の上から見下している。

 バカは高いところが好きと聞くが例にもれないようだ。

 そして、並んだバカがいた。

 ジークハルトである。父に何をいわれたのかわからないが、父の仲間になっている。

「ジークハルト。そいつの仲間になるな!」

「あ? 父親のいう方が正しい。ブフマイヤーさんはオレに本当のことを教えてくれた。貴族などクソくらえだ」

 僕は気持ちが急激に冷めた。

 ジークハルトはバカだが純粋だった。しかし、選んだ道は僕を殺す道だ。だから、もう、情けをかける必要がない。

 僕はサンダーバード《雷鳥》を手のひらに構成して持った。

「貴族など関係なく、そいつは危険だ。シオン様を殺しに来ているんだ。子殺しをしたい変質者だ!」

 エルトンは叫んだ

「ふん。ブフマイヤーのいう通りだな。剣を教えてもらったお礼に葬ってやるよ。それ以上、醜態をさらす前に」

「ジークハルト!」

「これ以上は話の無駄だな。だが、そのガキを――」

 僕はサンダーバード《雷鳥》を放った。

 父は僕を視界にとどめて警戒していた。そのため、電撃は父に届かなかった。

 しかし、ジークハルトは不意打ちにハマった。しびれて動きを止めている。

 僕はためらいなくドラゴンブレスを放った。

 ジークハルトの上半身はなくなった。

「使えないな。バカはやはりバカか」

 父はそういいながら、無詠唱で魔術を構成していた。

 放ったのは公級の火柱である。

 地面から火柱が何本も突き出した。

 僕は足の下に障壁を張って備える。案の定、地面から火柱が昇った。

 父は魔術が上手くなっていた。しかし、魔法の域にいない。今日、襲って来たのは嫌がらせだということしかわからない。

 エルトンは火柱を避けながら父に迫った。しかし、それは幻影だった。

 僕の探知魔法ではすでに逃げている。ジークハルトを倒した時に。

 僕はマナに働きかけて火柱を収めた。

 エルトンは僕のもとに来てひざを着いた。

「何で。ジークハルトを殺したんですか?」

 エルトンにはまだ、ジークハルトに情があったようだ。

「父の仲間になりました。それは背後にいる神霊族に操られたのと同じです。龍の牙を持たない彼には後戻りができません。それに伯爵である僕に牙を向けたのですから、それなりの罰があります」

「ですが、殺すことはなかったと思います」

 エルトンは絞り出すようにいった。

「僕は死にたくありません。なので、殺せる敵は殺します。それに温情はすでにかけています。ドラゴンブレスを見せましたので」

「今回はかけてくれないのですか?」

「はい。父の仲間になったのです。神霊族の駒になったということです。僕にとっては明確な敵です。それに、僕は生きるために相手を殺します。それが、誰であろうとも」

「それは貴族の矜持ですか?」

「いえ。僕の考えです。父と呼んでいますが、天敵と思っています。自分の方が強いからと思って、相手に情けをかける半端なことはできません。それは、僕の命を縮めます。今回も父は嫌がらせをして来たのです。エルトンさんが僕を嫌うようにジークハルトを使って」

 エルトンは頭を下げて黙った。

 そんなエルトンにアドフルは声をかける。

「エルトンさん。シオン様は生きるだけで精一杯なのです。この歳で、戦略級魔法使いとして命を狙われています。そして、神霊族です。邪魔になる者をかばえるほど余裕はないのです。弱い私を味方にしているのは、敵ではないからです」

 アドフルの言葉にもエルトンは黙ったままだ。

 声を出したのは、肩の震えが終わった時だ。

「……はい。わかりました」

 エルトンの声は怒りを押し殺しているように聞こえた。

 その後は騎士団が転移して来た。

 事情の説明はアドフルが話した。

 エルトンは隅に行って考えているようだった。


 翌日、サムエルは辞表を出したようだ。朝にあいさつして去ったようだ。

「何かしたのか?」

 導師にきかれた。

「敵を知ったからだと。龍の牙を持たない危険性を知ったからだと思います」

 昨日の騒動で仲間を殺した僕を許せなかったとも考えれる。だが、ここは私情で動いていないといった方がサムエルのためになるだろう。

「なるほど。それなら合点がつく。だが、クンツの紹介ではいかんな。求める水準を超えていない。やはり、知り合いの紹介で雇うしかないな」

「そうですね。護衛の件は急がなくていいですよ。余計な問題はいりません」

「そうだな。貴族らしく振舞うよ」

 導師はすまなそうな顔をした。

「はい。お願いします」

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