第188話 火遊びの後

 僕はカリーヌ家で紅茶を飲んで一息ついていた。

「大丈夫。お父様から、休めるように、といわれたわ」

 カリーヌは心配そうにいった。

 カリーヌの父であるジスランに気を使われたようだ。

「ええ。ちょっと火遊びをしたので忙しかったんです」

「それって、クンツ・レギーンの話?」

 レティシアは鋭かった。

「ええ。傭兵は貴族を理解していないので、振り回されました。平民には貴族とは考え方が違うようです」

「まあ、否定しないわね。血だけで立場が違うから。でも、平民相手に苦労するのね?」

「ええ。ある人は思ってもみないほどに、常識と想像力に欠けていました。あれでは普通の平民とは思えません。上には上がいるように、下には下がいるとは思ってもみませんでした」

「そうなの? 過去の傭兵の家庭教師はほめていたのに?」

「色々な人がいるとわかりました。立場が同じでも頭や力は違うようです」

「そうなんだ」

 カリーヌは相づちを打った。

「まあ、貴族でも出来がいいのと悪いのがいるわね。それと同じのようね」

 レティシアはいった。

 相変わらず、冷めたというか、冷静な思考だ。

「そうですね。導師は貴族らしく振舞う予定です。それがいいのかわかりませんが」

「ランプレヒト公は貴族をするべきよ。でないと、守れるものも守れないから」

 レティシアにはわかっているようだ。


 午後の訓練のために城の練習場に向かう。

 その道中でエルトンはいう。

「シオン様。もし、私が敵になったら殺しますか?」

 エルトンの考えはわからない。だが、心のままに答える。

「はい。手加減できるほどエルトンさんは弱くはないです。なので、殺し合いになります。まあ、その時は後悔しないように全力を出します」

 僕はいった。

「敵とは立場の違いです。深刻に考えないでください」

 アドフルはいった。

「シオン様の敵とは何ですか?」

 エルトンはアドフルの言葉を無視していった。

「僕の生存を妨げるすべてです」

「……わかりました。その責務。私に預けてくれませんか?」

 エルトンは立ち止まると、僕の目を見ていった。

「できません。それは僕個人の問題です。他人に任せることはできません」

 僕は見上げながら答えた。

「……わかりました。ですが、その盾になることはできます。それはお許しください」

「僕に命を懸けるほど価値はないですよ。大量殺人者です。エルトンさんは自分を大切にしてください」

「価値はないとは思いません。それに、自分の心に素直になった結果です」

 エルトンが僕にこだわる理由がわからない。

 アドフルを見ても神妙な顔をしているだけだ。

 僕は息をはいた。

「後悔しても知りませんよ? いいのですか?」

「はい。会った時から考えていたことです。後悔はしません」

 いつか、エルトンは僕の騎士になるのかもしれない。その時は王の怒りを買うだろう。だが、先の話であり不確定だ。考えるのは保留した。


「ねえ、ノーラ。僕の部屋をノックもなしに開けるのやめて」

 僕は台所でおやつをモリモリと食べているノーラにいった。

「ダメです。目を離すとすぐにだらけます。それでは、貴族として失格です。シオン様は貴族としての自覚が足りません」

 きりっとした顔でいうが、おやつを食べる手は止めていない。説得力がなかった。

「ちゃんと貴族をしているもん」

「ですが、気を抜くとすぐに浮かんで遊んでいます」

「あれは考えているだけだよ。脳みそに血を流しているだけ」

「わかりませんが、イヤなことから逃げているようにしか見えません。導師を見習ってください」

 ノーラはそういいながら、モリモリとおやつを食べていた。

「ちゃんとしているもん!」

「まだまだです!」

「そんなに食べているから太るんだ!」

 僕は捨て台詞をはいて台所がら出た。

「ちょっと、重くなっただけです!」

 背後では怒る声が聞こえたが無視した。


「シオン。防御の魔導書の翻訳本ができた。これの魔法を再現してくれ」

 導師にいわれた。

 翻訳に出していた魔導書が届いたようだ。

「今は医学書で手一杯です。余裕はないです」

 僕は難解な医学書にてこずっていた。

「医学書は後回しでいい。医学書は宰相の命で宮廷魔術師と薬師が解析している。だから、お前が覚える必要はない」

 導師の話には納得できる。しかし、中途半端に手放すのがイヤだった。

「それなら、城の方で解析が終わったら書物になる。それを読めばいい」

「……そうですね。僕に必要なのは医学でないですから……」

 僕に必要なのは戦闘力だ。父がいる限り暴力からは逃げられない。

 僕は素直に防御魔法の本を解析することにした。

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