第181話 ジークハルト

 男の名はジークハルト・タイレというらしい。

 戦場では切り込み隊をしているらしい。

「アドフル。騎士団長の許しをもらってくれ」

 エルトンはいった。

 アドフルはうなずいて、騎士団長のもとに走って行った。

 すると、騎士団の訓練がとまった。みんなして観戦するようだ。

 騎士団は普段、訓練ばかりしている。部外の模擬戦は娯楽のようだ。

 ジークハルトは練習場の雰囲気に、少し動揺していた。

「では、私と模擬戦をする。望むところだろう?」

 エルトンはジークハルトを挑発した。

「ああ。当たり前だ」

 ジークハルトは空間から魔剣を出した。

 剣士であるばかりでなく魔術にも覚えがあるようだ。

 二人は練習場の中央に立った。

 騎士団長が審判として立ち会った。

「始め!」

 二人は打ち合う。

 エルトンは受け止めて切り払う。

 ジークハルトの魔剣は切られて、短くなっていた。

 予想外のできごとに、ジークハルトは動けないようだった。

「これでわかっただろう。おまえはまだひよっこだと」

 エルトンはいった。

「まだだ。剣がもろかっただけだ」

 ジークハルトは新しく剣を出した。

 今度は普通の剣だった。しかし、打ち合うと、その剣もエルトンに切られた。

 ジークハルトはガックリと両手を地面につけた。

「まだ、終わってないぞ。シオン様の相手をしてもらう。子供とあなどったのを後悔しろ」

 エルトンはいった。

 僕が模擬戦をするとは思ってもみなかった。しかし、騎士団は観戦する様子だ。誰も動いていない。

 期待を裏切らないためにも闘わなければならないようだ。

「ジークハルト。立て。本命が残っている。おまえが、あなどった貴族の子供だ。少なくとも勝てないと笑われるぞ」

 エルトンはいった。

 ジークハルトはハッとして僕を見た。

 ジークハルトは勝てると思ったようだ。僕を見て精気が戻っていた。

 僕とジークハルトは対面する。

 近距離であるため、魔法使いである僕には不利な距離だった。

 ジークハルトは紳士な心を持っていないようだ。

「始め!」

 騎士団長は構わず始めた。

 ジークハルトはすぐに襲いかかってきた。

 僕は障壁を張って頭上に落ちてきた一撃目を受けた。そして、クラッシュも魔法を放つと同時に転移した。

 ジークハルトの頭上に転移したのだが、相手はクラッシュの魔法を防御膜で受けて耐えたようだ。僕を探していた。

 サムエルより弱い。探知魔法を展開することさえ忘れている。その前に気配を察知できないので戦士としても失格だ。

 これはハズレである。

 僕は頭上からブレイクブレットの放った。面での攻撃である。大雨の中で大粒の雨を受けているようなものだ。簡単に相手の足は止まり耐えるだけになった。

 僕は帝級のフォーリングサンを発動して展開した。

 ジークハルトは驚きながら呆然と、その火球を見ているだけだった。

 僕は逃げられるようにゆっくりと展開する。

 エルトンが動いた。転移の魔術でジークハルトの側に行くと、捕まえて攻撃範囲から転移して逃げた。

「それまで!」

 騎士団長が止めた。

 僕は魔法を途中でやめて、地面に降りた。

「……空を飛ぶとか反則だろう?」

 ジークハルトはぼやいた。

「それが、ここでの常識だ。勘違いをするな」

 エルトンは厳しかった。

 ジークハルトはガックリとうなだれた。

「護衛対象より弱いのは問題だ。しばらく、修行しろ。お前では役に立たない」

 エルトンは厳しかった。

 脇にいるサムエルは何ともいえない顔をしていた。

 サムエルも僕に負けていた。なので、思うことがあるようだ。

 同じ戦法が通じるのはわかった。しかし、多くの人に見られている。僕は他の戦術も考えないとならないと、僕は思った。


 夕食の席で、今日の出来事を導師に話した。

「やっぱり、傭兵では頼りにならんか……。エルトン・カールトンが傭兵上がりなのは知っているが、同じ傭兵でも違うようだな。それより、サムエルではアホが釣れたのは問題だな」

 アホとはジークハルトだろう。悪ぶって強く見せている時点で失格だ。本当の強ければ他人を威嚇いかくする必要はない。正面からぶつかれるぐらい心も体も強いからだ。それに、他人に好印象を持たれるには、上手い世渡りの方法の一つだ。それと逆をいっている時点で頭の悪さがわかる。

「サムエルの方は、お前から見てどうだ?」

 導師にきかれた。

「強くはないですね。でも、頭は悪くないです。まだ、若いのでこれからでしょう? 即戦力を求めるなら、エルトンさんを引き抜きたいですね」

「若いって、おまえがいうなよ」

 導師が苦笑いをしながらいった。

「僕は幼い方なので問題ないです」

 僕は開き直った。

 導師はあきれながら笑ってみせる。

「……まあ、いい。クンツを使ってみたが、掘り出し物には会えなかったな」

「賭けでもしていたんですか?」

 僕はきいた。

「ちょっとな。ジスランがよく使うときいたので興味を持った。まあ、冒険者と貴族だ。水と油の関係だな」

 自由を求める冒険者。権力を求めて、それに縛られる貴族。その二つは対極的だろう。

「サムエルはどうするんですか?」

「試験期間を終わったら解雇だな」

「それなら、どこかの騎士団に入れればいいのでは? 貴族に取り入りたいみたいですから」

「それもありか……。貸しは作れるな。だが、ここは王都だ。王直属の騎士団には入れられないな。衛兵になるな」

「それでも、傭兵にはよい話では? 衛兵になるのにも厳しいと聞きました」

「そうだな。今後の活躍で決めよう。まあ、活躍する機会はないと思うが……」

「騎士団にはエルフとかはなれないのですか?」

 僕は最初の師であるマールを思い出してきいた。

「エルフは妖精族だ。人族でないと騎士団には入れないよ」

「そうですか……。そういえば、ジェフさんは傭兵でしたよね」

 ジェフは二人目の師である。

「ああ。ジェフ・ステリーか。彼は騎士団だったのだが、ある公爵の怒りを買って傭兵に落ちた。だから、使ったんだ。お前の護衛にならないかきいたが、貴族の争いには関わりたくないと断られた」

「もったいないですね」

「不運なこともあるさ……」

 導師は感傷に浸っているように感じた。貴族の世界は厳しい。明日にも爵位を取り上げられる可能性はある。

「ところで、サムエルは龍の牙を持っていたか?」

 導師はいった。

「きいていません。普通の人なので持っていないと思いましたから」

「そうか。持っていたら考えよう。おまえからも確認してくれ」

「わかりました」

 サムエルは崖っぷちに立っているようだ。

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