第176話 サムエル

 二日後になると、護衛予定の人を連れてクンツが来た。

 僕は執事のロドリグと共に、応接間の隣の隠し部屋で、聞き耳を立てていた。

「今日はどういう了見だ? あの国での借りを返しに来たとは思えんが?」

 クンツの声が聞こえた。

「まあ、ヒマになった傭兵が多いから、ちょうどいいと思ってな。その時、名前が浮かんだ」

 導師は変わらない調子だった。

「なら、ギルドに依頼すればいいだろう?」

「公爵家がギルドに頼むと思うのか?」

「思わないね。伝手を頼る。そこで、何でオレになる」

「面白そうだからだ」

 導師のフッと笑う声が聞こえた。

「クンツさん。また問題を持ってきたね」

 クンツとは違う男の声が聞こえた。

 その声は不満がこもっていた。

「何でそうなる? 比較的、貴族受けの良さそうなお前を選んだだけだ。後はお前次第だ」

「その前にクンツさんの評判で印象が悪くなる」

「ヒマなんだから、付き合えよ。遊びと思えばいい」

「そうなんだから、評判だけは悪いんだ」

「なら、後は頼んだ」

 クンツはすねて黙ったようだ。

「……それで、お坊ちゃんの護衛でよろしいですか?」

 紹介予定の男の声が真剣な声になった。

 ブッと二人は噴き出して笑った。

 二人の僕に対する見方をきかないとならないと、僕は思った。

「何で笑うんですか?」

 男は動揺としているようだ。

「シオンを坊ちゃんなんていうなよ。似合わなすぎる」

 クンツは笑っていた。

「すまない。世間ではシオンはそうみられているんだな」

 導師の声にも笑いが含んでいた。

「まだ、七歳でしょう? それが普通では?」

「シオンはその歳で平民から伯爵まで駆け上がり、戦略級魔法使いとして、個人の力で戦争を終わらせたんだ。そんな化け物をお坊ちゃんとかいうのは、理解できていない証拠だぞ?」

 クンツはいった。

「あれはウワサではなかったんですか? ウワサには尾ひれがつきますから」

「だが、ウワサでも本質は残っているだろう。簡単に無視するなよ」

 クンツは笑い終わったのか、普通の声になっていた。

「お前は剣士なのか?」

 導師の声がした。

「はい。これでも二つ名があります」

「その二つ名は?」

疾風しっぷうといわれています」

「ほう。……すまん。名前をきいてなかった。自己紹介を頼む」

「では、改めて。サムエル・アッペルグレーンと申します。防衛隊にいることが多いですが、実戦の経験は切り込み隊にも負けません。それと、魔術もたしなんでいます」

「転移の魔術はできるか?」

 導師はきいた。

「はい。できます」

 サムエルといった男の声には自信があった。

「どれくらい、魔術はできる?」

「剣士としては多い方です。公級魔術をいくつか使えます。帝級は勉強中です」

「なるほど。それだけ、知っているのなら、問題ないな。魔法の方は?」

「魔法? 魔術ではなく?」

「ああ。私たちは魔術から魔法に切り替えている。なので、魔術師というより魔法使いなんだ」

「聞いたことがあります。ですが、まだ、魔法を知るものは少ないと思いますが?」

「人族ではな。魔術は魔法の簡易版でな。魔族は魔法を使う」

「それで、魔術師は魔法使いと名乗る人が出て来たんですか……」

 サムエルは納得していた。

「クンツ。彼の情報収集能力は低いのか?」

 導師はきいた。

「いや、普通だ。一般的な傭兵の認識だよ。この家が最先端を行っているんだ。それは自覚してくれ」

「私より、お前の方が魔法を知るのは早かっただろう?」

「それでも、数年だ。龍族や妖精族では同じようなもんだ。それに、オレは広めていない。魔法を習うなら、ランプレヒト公爵にきけといわれているのを知らんのか?」

「知らないな。誰も教えを請いに来ない」

「まあ。宮廷魔導士だ。習いに来る貴族は少ない。それに公爵家だ。お土産に金がかかる。それに教えを請える人間は限られている」

「そうだな。それよりも彼の実力は本物か?」

「それは保証するよ。冒険にもつき合わせている。生存能力は高いよ」

「なら、試してみるが、いいか?」

「ああ、わかっている」

 導師とクンツの間では話が通じているらしい。

「試験でしょうか?」

 サムエルはいった。

「ああ、ちょっと、力を見たい。いいかな?」

「はい。わかりました」

「では、さっそく試験をしよう」

 チリンと魔道具のベルが鳴った。

 執事のロドリグは隠し部屋から出た。そして、足早に応接間のドアに向かった。

「失礼します」

 ロドリグの声が応接間に聞こえた。

 ドアが開く音がする。

「シオンを呼んでくれ。これから、模擬戦をしてもらう」

「わかりました。少々お待ちください」

 ドアが閉まる音がした。

 すぐに隠し部屋にロドリグが呼びに来た。

 僕は隠し部屋から出た。そして、ホコリを払った。

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