第170話 父

 戦略魔法として地図をぬり潰す。それだけの威力があった。

 救いなのは放射能がないことだろう。それだけがわずかな救いだった。

「何だあれは?」

 使者の侯爵が声を漏らした。

 だが、誰も答えなかった。

 バシュッっと機械音がした。

 そちらを見ると、導師は長距離砲を片づけていた。そして、空間魔法の倉庫に入れると、僕の元に来た。

「すまない。失敗した」

 導師は僕のほほをなでた。

「いえ。魔王という存在が普通ではないのです」

「すまない」

 導師はそういうと僕の頭を抱きしめた。

 僕はその感触と暖かさを感じた。

 導師だけが僕を許している。そう思うと肩の力が抜けた。

「龍族を呼んだ。すぐに移動できる。いいか?」

 クンツの声が聞こえた。

「龍族が?」

 導師の困惑する声が聞こえた。

 僕は顔を上げた。

「ああ。コールはしてある。五分もしないうちに来るはずだ」

「ちょっと、何をしているのよ。王に合わせる手はずでしょ? 勝手にしないで」

 使者の女性はクンツに怒った。

「すまんな。面倒ごとにこいつを巻き込ませたくない。責任ならオレがとる」

 使者の女性はまだ言いたげだが黙った。

 クンツの狙いがわかったからだろう。それに、龍族は敵に回したくない。だから、力ずくにはできなかった。

 やがて、龍が三頭飛んで来た。

『迎えに来た。話は島できく』

 いつものせっかちな龍だった。

 僕と導師は龍の手に乗った。

「後は任せろ」

 クンツはいった。

 使者はどうするのもできずに見送るだけだった。


 僕は龍に連れられて、龍族の長老がいる浮島に来た。

 いつものように長老のいる集会場に行った。

 僕と導師は龍たちに囲まれて長老と対面した。

『ご苦労だったね。それに嫌な思いもした。何と労えばいいのかわからない』

『いえ。必要ありません。導師がいますから』

 僕は長老の言葉にほほ笑んだ。

『そうか。なら、母に任せよう』

『はい』

 導師は恥ずかしそうにほほ笑みを浮かべた。

『では、本題に入ろう。魔王の消滅の確認はこちらでもした。なので、安心して欲しい。だが、勇者と魔王には保険ともいえる存在がいる』

『では、勇者と魔王の件は終わってないのですか?』

『前例から考えて推測になるが、人族と魔族の戦争にはならないと思う。だが、人族の保険は動いている。それは、今後に勇者が生まれた時に邪魔な存在を消しに来る』

『そんな存在は知りません。それに勇者の保険など聞いたことがありません』

 導師はいった。

『勇者と魔王が倒された事例は千年以上も前だ。人族が知らなくても不思議ではない』

『千年も人族と魔族は戦争を繰り返していたのですか?』

『そうだ。すべて勇者と魔王という人形によって繰り返されていた。そして、次の戦争に備えて保険である人物が動く』

『それはどのような存在ですか?』

『小さき子の父だよ』

 長老は断定した。

『シオンの父がですか?』

 導師はきき返した。

『そうだ。異常なほど執着をして、小さき子を消そうとしている。それはわかっているはずだよ』

 父は僕を売るのではなく殺そうとしている。だが、それが勇者と関係しているとは思えなかった。

『確かにシオンの父はそう動いています。ですが、勇者の保険としては優秀とはいえません』

 導師は答えた。

『それは、人族なら操る対象を選べるからだよ。そのために龍の牙を渡した。神霊族の影響を弾けるからね』

『そのためのお守りですか?』

『もちろん。意味なくして渡してはない』

 導師は顔を押さえた。

 僕でもこれほど大きな問題だと思いもしなかった。

『これから、影響は大きくなる。次の戦争を早くに起こしたいからね』

『何で戦争をするのですか?』

『それは面白いからだよ。駒を使って遊ぶ。それが、神霊族と魔神族の遊びだ』

 僕は明確な敵がわかった。だが、神に近い種族である。対策はなかった。

『龍族は抵抗するのですか?』

『もちろん。空を狭められた。自由な空は龍族には必要だ』

『では、何で、今まで何もしなかったのですか?』

『それは未来視で見ていたからだ。我々にとって千年は短い。なので、待っていた。新しい力を』

『それが今と?』

『もちろん。それは何かはわかっているだろう?』

『……はい。ですが、重すぎます。押しつぶされても文句はいえません』

『そうだね。でも、支えてくれる仲間はいるはずだよ?』

『ですが、背負わせるのは酷です』

『だが、誰かがやらねばならない。力があるからといって、駒になって遊びに付き合うほど、寛容にはなれない』

『少し、考えさせてもらえますか?』

『もちろん。母の考えは当然なものだ。まだ、時間はある。ゆっくり考えてくれ。そして、答えが出たら連絡して欲しい。力になるから』

『はい。わかりました』

『では。これを持っていってくれ。そして、配ってくれ。それが力になる』

『わかりました』

 長老は大きな龍の牙を三本も渡してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る