第124話 ルシア・ハーギン

 やがて、森に似つかわしくない一軒の家の前に出た。

 家は木に飲み込まれているが、扉は顔をのぞかしていた。そして、窓からは動く影があった。

「導師。着きました」

 僕は手を引っ張って導師に話しかける。

 しかし、導師の反応は鈍い。まだ、森の精神攻撃から戻っていないようだ。

 僕は状態異常の回復の魔術をかける。

 導師の顔は生気を戻してきた。

「導師!」

 僕は声をかける。

 導師は驚いたように僕を見た。

 その顔は涙に濡れている。

 何を見たのかわからない。だが、導師がここまで追いつめられるとは思いもしなかった。

「すまない。懐かしくて涙が出た。もう、失ったのにな」

 僕には導師に真意はわからない。ただ、手を強く握るだけだった。

 導師は顔を拭いて目の前の家に見る。

「さて、試験は合格かどうかきいてみよう」

 僕と導師は家の玄関まで歩いてドアを叩いた。

 しばらくすると、中から音がした。

「いらっしゃい。待っていたよ」

 出てきたのは僕よりは大きいが少女だった。

 人族でないのは簡単にわかった。背中に蝶のような羽が生えている。妖精族のようだ。

「私はルシア・ハーギン。龍族の長から話は聞いている。中に入って」

 僕と導師は誘われるがまま中に入った。

 中は温かく明るかった。

「よう」

 知っている声が聞こえた。

 僕はそちらを見るとクンツ・レギーンがイスに座っていた。木でできたカップを片手に何かを飲んでいた。

「何で、ここに居る?」

 導師は驚きと共に警戒した。

「オレの魔法の師匠だ。たまに顔を出しても文句はないだろう?」

 クンツは変わらず、本心が見えない。

「タイミングが良すぎる。何が目的だ?」

「ただの興味本位で来ただけだよ。魔法をもらって、どう変わるか」

「そのいいようだと、魔法とは危ないのか?」

「いや。魔術の元来の姿だ。だから、魔術も魔法になっても変わらない。だが、魔法は世界のことわりと関わっている。だから、世界を観れるようになる」

「こら! 驚かさないの!」

 奥から出てきたルシア・ハーギンが怒る。

「まあ、これでも飲んで落ち着いて」

 ルシアはカップを二つ持っている。

「こっちに座って」

 ルシアにテーブルのある席に誘われた。

 僕は導師を見る。導師はうなずいた。

 僕と導師は座ると、カップを渡された。

「召し上がれ」

 ルシアは笑顔で勧めてきた。

 僕は匂いを嗅ぐ。美味しそうな匂いだった。

「毒はないよ。ただのはちみつと果実をしぼったものだ」

 ルシアはいうが僕はなめるかのように口を付けた。

 舌にはしびれない。毒はないようだ。僕はそのまま飲んだ。

 はちみつレモンのような味だった。

「おい。簡単に飲むな」

 導師はあわてた顔をした。

「美味しいですよ。ここまで来たんですから。あきらめましょう」

 僕はいった。

 導師はあきれながらグラスの中の液体を飲んだ。

「さて、本題に入ろうと思う。君たちは何で私に呼ばれたのかわかるかい?」

 ルシアは面白そうにいった。

「いえ。ただ、魔法を習うだけと思っています」

 導師は戸惑いながらも答えた。

「本当にそう思う? 本心では違うでしょ? 何で呼ばれたのかわからないはずだよ。そして、二人を呼んだのも」

「はい。わかりません。ですので、教えてくれませんか?」

 導師は素直に答えた。

「君は自分の無知を知っている人だね。その姿勢はいいね。普通の大人なら知らないことなどないと、虚勢を張るからね」

「そうですね」

 導師は苦笑した。

 宮廷魔導士としての苦労があるようだ。

「まあ、二人は試しの森を抜けてきた。資格はある。そして、答えは魔法を知ることでわかる。だから、君たちに魔法を教えるよ」

「はい。ありがたいのですが、龍族と何かしらの関係があるのですか?」

「あるよ。私たちは戦争をしようとしている。もちろん、勇者と魔王の戦争ではないよ。私たちの戦いは自由を求めるため。そのために待ち続けた。盤面をくつがえすモノを。それが、君たちだ。正確にはこの子になる」

 ルシアは僕を見た。そして、続ける。

「この子の魂はこの世界にとって異物だ。それゆえ、干渉を受けない。だから、最適な駒なのさ」

「戦争をさせる気はありません。それなら、魔法はいらないです」

 導師は怒りを含みながらいった。

「君もその一つの駒だよ。私もその駒の一つだがね」

「話の内容が理解できません」

 導師は怒りを隠しているようだが感じられた。

「それは魔法を知ることでわかる。それに私はそれしかできない。真実を知る勇気はあるかな?」

 ルシアは無邪気に微笑んだ。

「私は魔法を習いに来ました。勇者や魔王のような争いごとに関わりたくないです。私は研究者です。戦士ではないのです」

「うん。それは知っている。でも、この子はどうかな? 戦士として育っていると思うよ?」

「それは……」

 導師はいいよどんだ。

 僕は戦士ではない。僕には勇気が足りない。昔も今も臆病なのは変わりがなかった。

「ルシア。まどろっこしいのはなしにして、さっさと魔法を教えればいい。それだけで、理解できる」

 クンツはしびれを切らしたのかルシアにいった。

「ものには順序があるよ。それを飛ばしてはできることもできない。もう少し、自分と同じように考えるのをやめたまえ。君のように人は強くはないのだから」

「オレは普通だぞ?」

「まずは、そこから、改めようね」

 ルシアは額に青筋を作った。

「シオン。お前はどう思う?」

 導師にきかれた。

「まずは魔法を知らないと判断できません。まあ、魔法を知ったら後戻りができないようですけど」

「それでいいのか?」

「仕方ないかと。王にも報告できません。それに無知で失敗はしたくありません。もう、導師に迷惑をかけたくないですから」

「何で、いつもは優柔不断なのに、こういう時は肝が据わっているんだ」

 導師にグチられた。

「知りません」

 僕は導師から顔をそらした。

 導師のため息をつく音がした。

「前に進むしかないので、魔法を教えてください」

 導師は疲れたかのようにいった。

「もちろん。でも、今日は疲れただろう。明日に教えるよ」

 ルシアは楽しそうに笑った。

 その日は妖精族の話を聞いて終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る