第125話 石板

 妖精族は人族には身近らしい。エルフやドワーフも妖精族だからだ。そのため、人族とは隣人といえる。

 だが、妖精族は魔族とも親交はあるようだ。魔族の中にエルフやドワーフがいても平気らしい。そのため、人族でも黙っていれば殺しに来ることはないとのことだ。その代り、魔族と親しいのはゴブリンやトロールといった、人族が嫌う妖精族が多いみたいだ。

 手のひらほどの妖精は森でしか生きていけない。理由は生まれが花の精などで力が弱いからなのだと聞いた。

 僕は枯れ草のベットを出る。妖精族のベットは自然に近い。なので、快適な生活をしている人族の僕は慣れなかった。

 ルシアの用意してくれた食事を見る。人族の食事に近い。

「今日はクンツに作ってもらったの。人族の料理には興味があったから。それに妖精族の食べ物は人族には偏っているみたいなのよ」

 ルシアはうれしそうにしていた。

「まあ、ルシアの願いだ。借りを返すついでと思ってくれ」

 クンツはパンを持って奥から現れた。そして、テーブルの中央にパンの入ったバケットを置いた。

「では、食事にしましょう」

 ルシアはそういうと、パンに手を伸ばした。


「ところで、魔法は呪文をいくつ覚えればいいのですか?」

 導師はルシアを見た。

 滞在期間を少なくしたいのだろう。覚える呪文が多ければ、長期間ここに留まらないとならない。

「すぐに終わるよ。これに触ればいい」

 ルシアは石板を出して微笑んだ。

 その石板は青色をしている。微かだが光って見えた。

「食事中に出すなよ。お宝だろ?」

 クンツは自分の師を責めた。

「そうだけど、代わりは作れるよ? 石板に魔法を浸透させればいいだけだから」

 ルシアはクンツの言葉は思ってもみないようだ。

「それだけの魔法をどうやって集めるんだ。それだけで人生が終わっちまう」

「まあ、人族は短命だから、文句も出るか。でも、代わりは作れる。もし、人族がまた魔法を忘れたらここに来てね。いつでも力になるよ」

 ルシアはクンツを無視して僕たちに微笑んだ。

「その時には、私たちは生きていないと思います。おそらく、シオンの子孫になるでしょう」

「ん? 君は子を残さないのかい?」

 ルシアは導師を見た。

「もう無理ですね。あの時の痛みを感じたくありません」

「そうか。悪いことをきいたね。でも、君は龍の血を飲んでいる。いつでも子が産めるよ。それが五十年後でも」

 導師がおばあちゃんのような歳でも子が産めるようだ。だが、相手は誰になるのだろう。導師が結婚したら、養子である僕の父になる。僕より年下の父になる可能性がある。導師だけの問題で終わるのかわからない。

「シオン。変なことを考えているだろう?」

 導師が僕を見た。

 僕は首を横に振った。

「まあ、いい」

 導師はぶすっと怒っていた。

「まあ、三日とかからないだろう。シオンは子供だから頭の柔軟性は高い。それにランプレヒト公は頭がいい。心配はない」

 クンツはぶっきら棒にいった。

「相変わらず、素直なのは自分の心だけね」

 ルシアは苦笑した。

 朝食が終わると魔法を覚える準備に入った。

 ルシアではなくクンツが時間を惜しんでいた。

「そんなにあわてなくても、世界は変わらないわよ」

 ルシアの言葉をクンツは無視してテーブルから食器などを片付けた。

「まあ、クンツの気持ちがわかるから、もったいぶらないよ。さっそくだけどこの石板を触って」

 ルシアは先ほど出した石板を出した。

「どのような覚悟を持てばいいですか?」

 導師はきいた。

「自然体でいいよ。緊張しようが、怒ろうが、結果は一緒だから」

「わかりました。では、私からでいいですか?」

 僕を見てから、導師はルシアを見た。

 罠だった時の警戒らしい。

「ううん。二人とも一緒で。下手に警戒をして欲しくないから」

「それはまずいことが起こるんですか?」

 導師の顔は硬くなった。

「ちょっと、眠るだけよ。頭の整理のために。覚える魔法は多いからね。クンツでも三日はかかった」

 ルシアの返答に、導師は僕を見た。

 僕はうなずいて返した。

 もう、後戻りはできない。進むだけだった。

 ルシアは石板を前に持って待っている。その顔は楽しんでいる。しかし、構っていられない。進むしか新しい道はないからだ。

 僕と導師は息を合わせて石板に触れた。

 頭の中に光が入ってくる。それと同時に大量の記憶が流れてきた。誰の記憶かわからない。何人もの記憶が流れてくる。しかし、それは魔法を使った時の魔法使いの記憶だった。


 僕は目を覚ました。目の前には枯れ草が見えた。

 ベットに寝かされているようだった。

 僕は起き上がる。体に不調はない。しかし、お腹が減っていた。

 僕は深呼吸をして考える。

 石板に触って気を失った。そして、ベットに寝ている。それから、考えられるのは、魔法を覚えるのに失敗をしたということだ。

 ルシアが顔を出した。

「やあ。起きたのかい? 思ったより早いね。一日で終わるとは思わなかったよ」

 ルシアは変わらず陽気だった。

 罠にかけたのではないようだ。

「魔法を覚えるのに失敗したんですか?」

 僕はきいた。

「ちゃんと覚えているよ。状態異常の解除魔法を思い出してごらん。すぐに頭に浮かぶよ」

 僕は意識して考える。すると、呪文が頭の中に浮かんだ。

 僕はその呪文を口にする。

「風と共に吹かれ、水と共に流れる。火と共に燃え上がり、土と共に命をはぐくむ。命の初元なるマナよ。世界に満ちるマナよ。命のかけらを一滴、我に与え給え。我を縛り付ける負なる力を弾き飛ばし給え。ノーマルゼイション《正常化》」

 マナが体を駆け巡る。すると、感じてもなかった体の不調が消えていった。

「うん。君は無理していたようだね。疲労が積み重なっていたようだ」

 ルシアの言葉に納得した。

 再生の魔法で忙しかった。そして、その疲労を抜かずに、いつもの生活に戻ったからだ。

「導師は?」

 僕は横のベットを見た。

 そこには導師が寝ている。規則的に胸が動いているから、寝ているようだ。

「彼女はまだ、時間がかかると思う。その間に自分が得た力で世界を見て欲しい。まあ、その前に朝食だ」

 ルシアは微笑みながらテーブルを指さした。

 そこには器が並べれている。朝食のようだ。

 僕は脳に糖分が足りないのか、甘いジュースを飲む。そして、空腹を埋めるようにたくさん食べた。

「それで、何かわかったか?」

 クンツにきかれた。

「今のところ、何も変化は感じません。魔法を覚えた実感はないです」

「そうか。探知の魔法で世界を理解できる。腹が落ち着いたら試してみろ」

 クンツは何に期待しているのかわからない。だが、世界を知るには必要なようだ。

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