第123話 森

「魔法使いのもとに行く時は、私をお連れください」

 気が早いのか、戦闘訓練の迎えに来るなりエルトンはいった。

「まだ、決めていません。それに、騎士には退屈になるかと。魔法の習得には時間がかかりますから」

「ですが、護衛は必要です。クンツが関わっていますから」

 僕はエルトンの頭の中にあるクンツの人物像に疑問を持った。

 だが、エルトンの心配もわかる。僕もクンツの考えはわからない。それに、簡単に魔法を教えてくれる理由がわからない。

「エルトンさんの心配はわかります。ですが、導師も一緒です。心配しないでください」

「いえ。相手は魔法使い。慎重になるべきです。魔術師では敵わなくとも、戦士である私の力が通用する可能性が高いです」

 エルトンの言葉には一理ある。

 魔法使いなら魔術師を知っているのと一緒だ。魔術師の弱点を知っていて不思議ではない。

「そうですね。導師の許可が出ればいいですよ。その代り、許可が下りなかったらあきらめてください」

 エルトンは少し考える。

「……わかりました。その時は留守を守っています」

「それはお願いします。僕には明確な敵がいますから」

 僕は父の顔を思い出して、苦い思いを笑うだけだった。


 夕食の席で導師はいう。

「ルシア・ハーギンの誘いに乗る」

 導師は決めたようだ。

「わかりました。旅の支度をします」

「ああ。クンツ・レギーンには私から話しておく。これでも貴族だ。何かしらの情報を漏らしてもらう」

 導師の意気込みに感心した。

 それよりも問題がある。エルトンのことだ。

「騎士団のエルトンさんが同行を求めていますが、どうしますか?」

「心強いが、龍族が関わっている。必要ないだろう。それに魔法と魔術の戦いでもある。相手が魔法という牙をむくのなら、反抗できないと、今後は生き残れない。まあ、出たとこ勝負なのだがな」

 導師は苦笑する。

 命懸けの旅になるだろう。なぜなら、相手の本心がわからないからだ。


 出発の朝、僕と導師は正門に来ていた。そこではカリーヌとレティシアがいた。

「必ず帰ってきて」

 カリーヌに懇願するかのようにいわれた。目は今でも泣きそうだった。

 僕はうなずいた。

 僕は死ぬ気はない。まだ、心地いい場所を捨てる気はなかった。

「死んだら、殺すからね」

 レティシアは敵をにらむかのようにいった。

「ええ。やり残していることはありますから。行ってきます」

 僕は二人に手を振って正門から出ていった。

 その後は龍たちに運ばれて、遠い異国の森を目指した。


 眼下には緑色の絨毯じゅうたんが広がっている。この森のどこかにルシア・ハーギンがいるようだ。

『目的地に着いた。結界があるので気を付けるように』

 僕たちを運んだ龍はいった。

『感謝します。適当なところで手を放してください。浮遊の魔術で降ります』

 導師は答えた

『わかった。では、離す』

 僕と導師は空中に放たれた。僕は導師の伸ばす手を取った。そして、浮遊の魔術でゆっくりと森の中に降りた。

 森の中は原生林で埋まっていた。人の手が入っていない自然な森だった。

 僕と導師は行先がわからない。だが、この森はマナに満ちている。最もマナの満ちている場所に居を構えていると推察した。

「こっちだな」

 導師はマナの濃度を見ていった。

 僕と導師は道なき道を歩いた。時折、倒木や岩を避ける。しかし、中心には確実に近づいていた。

 ふと、雰囲気が変わった。

「結界だな。それも人払いの」

 導師の言葉に僕はうなずいた。

「手を離すなよ。これから先は危険だ」

 僕は導師の手を握った。


 僕たちは歩き続ける。

 目の前に今世の母が現れた。母は微笑んで手招きしている。

 僕は母の顔を見た。変わらず優しそうだった。だが、今はいない。もう、亡くなったのだ。

 僕は導師とつなぐ手に力を入れた。

 結界は精神攻撃をするようだ。

「きさまは失敗作だ」

 今度は父が現れて罵倒する。

 僕は意識を切り替えた。

 腹に力を入れる。そして、感情を押し殺して戦闘体制に移行した。

「どうした?」

 導師は僕の変わりように気付いたようだ。

「結界は精神攻撃をします。なので、手を離さないでください」

「……わかった」

 導師にはまだ攻撃が来ていないようだ。

 だが、結界の中にいる限り、精神攻撃にさらされるのは簡単にわかった。

 前世の父が現れた。

 前世の父は僕を見限っていた。兄よりも出来が悪いからだ。だから、小さい頃には何もいわなくなった。

 人払いの結界は僕の心の傷を見せるらしい。

 僕には不愉快なだけだ。歩みを止める理由ではなかった。

 その後も、僕を見放した人たちの幻影が見えた。

 僕はこの結界を破壊することに決めた。

 余りにも不愉快だからだ。

 僕は魔力が集まっているところを探した。結界は維持するための支点があるからだ。

 そこに向かってドラゴンブレスを放った。もちろん、魔法になった方である。

 目では見れない遠い支点を破壊すると、結界の力が弱くなった。

 僕は導師を見た。

 導師は涙を流していた。

 何を見たのかわからない。だが、導師を泣かせる結界には怒りしかない。

 僕は何発もドラゴンブレスを放った。

「ちょっと、これでは試練にならないわ」

 小さな妖精が現れた。

 蝶々のように小さいが、羽と体があった。

「ムカつくんです。壊して当然でしょう?」

「これだから、人族は困るわね」

 さも当然のように妖精はいう。

「ここは試しの森。資格がなければ魔導士様に会えないのよ」

 魔導士の考えはわからない。だが、破壊される結界なのは怠慢たいまんだと思う。

「僕たちはその魔導士に呼ばれたんです。試されるのはわかりますが、ムカつくのは変わりありません」

 上から目線の妖精にいった。

「ふう。試しの森をくぐりくれないと魔法使いにはなれないわ。それぐらいわかって?」

「知りません。それに相応しくなければ、帰るだけです」

「これだから人族は……」

 そう言い残して、妖精はどこかに飛んでいった。

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