第109話 仮病

 再生の魔術で治療の日々が続いた。しかし、今日の導師は朝食後、家を出ずに書斎に僕を呼んだ。

「ちょっとこれを読んでくれ。原本の写本と解読して翻訳した本だ。医療の本なのだが、私には内容が未知なんだ。お前の前世の記憶と比べて感想を聞きたい」

 僕は二つの本をもらった。

「はい。でも、時間がかかりますよ」

「構わんよ。再生医療の予約はまだ残っている。気長に待つよ」

 僕は空間魔術で倉庫に入れた。

 空いている時間を考えると、魔術の研究時間と夕食後の時間しかないようだ。

「それよりも、仕事に行かないんですか?」

 導師は顔を背けた。そして、気まずそうな顔をしている。

「今日は風邪を引いた。なので、寝る」

 僕はあからさまのウソにあきれた。もう少し、それらしくあってもいいと思う。

「スケジュールは調整した。問題はない」

 導師の気持ちを考えると、仕方ないのかもしれない。何週間も休みの日はなく、毎日、貴族の家を回っている。魔力切れというより、心労が重なったのだろう。

 だが、駄々をこねるかのような導師の顔は面白かった。

「笑うなよ。たまにそんな気持ちの時もある。私だって人間だからな」

 恥ずかしがりながら怒る導師は珍しかった。

「それより、爪は生えたか?」

 あからさまに話題を変えている。

 僕はそれに乗ることにした。

「まだ半分ですね。生えそろうのはまだ時間がかかります」

「まあ。治してから時間はあまり経ってないからな。まだ、槍を握るなよ。爪が割れる」

「はい。それは二人に許可が出ています。……そういえば、エルトンさんが僕の魔術に対応ができ始めました。長距離を一瞬で跳んで避けるんです。あれは異常ですよ」

 導師は興味深そうな顔をした。

「それは身体能力の向上の魔術が上がったのか?」

「いえ。本気になったかと。それと、対応の仕方を覚えたと思います」

「龍族に選ばれるほどの人間か。まあ、普通ではないのだろう。だが、お前の魔術に対応できるのなら、護衛として頼もしいな」

 導師は口元だけで笑った。

「そうですね。でも、父がいつ来るかわかりません。今度は何をすることやら」

 僕はため息をついた。

「今日はお前も休め。私に付き合ってもらう」

 導師はいたずらっ子のようにニヤッと笑った。

「勉強はいいんですか?」

「ああ。ちょっとぐらいいだろう。遊びに行くぞ」

 僕は導師に連れられて海岸の砂浜に来た。人はいなく水平線が見える。

 ゲートの魔術で一瞬だが、導師に連れられた場所の中では、知らない場所だった。

 僕は水平線に向かって走った。しかし、波に邪魔される。

 僕は魔術で浮いて、海に進み足元を見る。海は澄んでいて底まで見える。そして、小さな魚が泳いでいた。

 季節が夏ならばいいところなのだろう。だが、今は気温は高くない。手に触れた海の水は冷たかった。

 導師は空間魔術でソファーを砂浜に並べていた。いつも使っているようなソファーだ。海専用ではない。

「あきたら、座れ」

 導師はテーブルを出すと、飲み物を出していた。

 飲み物を用意しているのを考えるのと計画犯だと思った。

 海で泳ぐには寒すぎる。だが、水面から見える魚は捕まえられそうだった。

 僕は拳士のように手刀で魚を捕まえられるのか試した。だが、白いしぶきが立つだけで魚は捕まえられなかった。

 僕はあきらめて、導師の設置した休憩所に行く。テーブルにはグラスが二つ並んでいる。僕の飲み物も用意していたようだ。

「いただきます」

 僕はそのグラスを持って中身を飲んだ。リンゴジュースだった。

「たまにはいいだろう?」

 導師はソファーに身を沈めながらいった。

「はい。こんないいところはなかなかないです」

 僕は広がる海を見ていた。

「まあ、私のとっておきだからな。だから、誰にもいうなよ」

「わかりました。でも、一人でも来ていいですか?」

「いいけど、私も誘って欲しいな」

 導師はクスリと笑った。

「わかりました。今度はビーチ用のイスを作ります。今度、見てください」

「ああ。わかった」

 その日は導師と共に一日中、だらだらとすごした。


「やあ、待っていたよ」

 一日空けてカリーヌの家に行ったら、家長であるジスランに迎えられた。

 丁半博打の製作は終わっていない。使うカップを絞ったが選べていない。

 ジスランと共に遊戯室に行く。そして、中に入った。

 ここには、歴代の博打のテーブルが並んでいる。その中の一つの前に立った。

「やっぱり、この三種類かい?」

 ジスランにきかれた。

「はい。ですが、軽石は除外で。台を傷つけます。残るのは二つですが、どちらともいえません。僕の先入観でツタで編まれたカップを推しますが、軽い金属でも問題ありません」

 ジスランはうなずいていた。

「編んだカップでは中身が見れる可能性があるが、どう思っているんだい?」

 ジスランにきかれた。

「はい。見えそうで見えないのがいいかと。男なら引っかかります」

 前世の記憶で、電車の体面席のおばさんを思い出す。スカートの中が見えそうで見えない。理性ではやめろと警鐘を鳴らすが、なぜか本能は見ようとする。偶然で見えたら見えたでがっかりするのだが。

「そうだね。男ならそう思うね」

 ジスランはくすくすと笑う。

「なら、決まりだね。これでいくよ」

 ジスランは決めたようだ。

「すみません。このところ、忙しくって余裕がありませんでした」

「それなら、聞いているよ。ザンドラも仮病を使ったらしいとね。まあ、忙しいのはいいことだが、すぎると毒だ。君も気を付けてね」

「はい」

 僕は遊戯室を出た。そして、カリーヌのいるテラスに向かった。

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