第106話 反動

 どれぐらい、経ったのかわからない。しかし、カリーヌの温かい笑みをみると、時間など、どうでもよくなった。

「うん。今日はお終い」

 カリーヌは満足そうだった。

「ありがとうございます」

 僕は微笑んだ。

「お茶しよ」

 カリーヌにうながされて席に向かった。

「満足した?」

 ほほ杖をついているレティシアはカリーヌにきいた。

「うん」

 カリーヌは元気にうなずいた。

「でも、再生魔術をよく復元したな」

 エトヴィンはいった。

「ええ。導師が頑張ってくれました」

「でも、爪がないが?」

 エトヴィンには爪がないのが不思議らしい。

「髪の毛と一緒で死んだ細胞なんです。だから、生えるまで待たないとなりません」

「死んだ細胞?」

「はい。髪の毛は切っても、切り口から生えないでしょう。その代り、髪は根元から伸びます。それと一緒で爪も根元から伸びるんです」

「なるほど。爪が割れても治療薬で治らないのと一緒か」

 エトヴィンは納得したようだ。

「でも、これって凄い魔術だろ。ケガで騎士をやめたヤツも騎士に復帰できる」

 アルノルトは興奮していた。

「今は、実験の最中です。他言はしないでください。それに導師の仕事がこれ以上増えると導師は倒れます。そのうちに申請すると思いますから待っていてください」

 僕はアルノルトにいうと、静かになった。

「そっか。まだ、実験中か。なら、完成してからでないと危ないな」

「いつ頃、買えるようになる?」

 エトヴィンは興味深そうだった。

「申請するのはまだ時間がかかりそうです。実験の結果が出るのに、僕の手のように時間がかかります。なので、まだ時間がかかると思います」

「そうか。それなら、待つしかないか」

「エトヴィンは欲しいの?」

 カリーヌはきいた。

「ああ。我が家で雇っていた騎士がいるのだが、ケガが原因で剣が振れずに雑用係になった。それが、ちょっと不憫ふびんでな」

「それは残念ね。でも、期待できるわね。再生の魔術なら元に戻るんだから」

「ああ。期待している」

 エトヴィンは冷静な顔をしていても、どこか喜んでいた。


 アドフルとエルトンが僕を迎えに来た。

 僕は四人にさよならをいって別れた。

 僕はカリーヌの屋敷の前で待っている騎士たちのもとに行った。

「お待たせしました」

 僕がそういうと、エルトンの目線は僕の左手に注がれた。

「ウワサの再生の魔術ができたんですか?」

 エルトンは驚きながらも僕の顔を見る。

「はい。まだ、実験段階ですけど」

「よく見せてくれませんか?」

 エルトンは僕の左手を取った。

「よかったです。治ってよかったです」

 エルトンは涙を一筋流した。

「申し訳ありません。騎士として失格です」

 エルトンは涙を拭いた。

「いえ。喜ばれると嬉しいです」

「シオン様。おめでとうございます」

 アドフルが頭を下げた。

「ありがとうございます」

 僕は二人にも喜ばれて嬉しい限りだった。

 その日の槍の稽古はできなかった。

 僕の左手はまだ槍を握られない。その代り、魔術は使える。なので、二人の対魔術の練習台になった。


「シオン。再生の魔術を覚えてくれ」

 夕食の席で導師は疲れている顔でいった。

「完成していたんですか? まだ、実験中と思っていましたが?」

「それは心配ない。一応の完成はしている」

「それで、何か問題が出たんですか?」

「欠損を治して欲しいと頼まれるんだ」

「まだ、できたと知れ渡ってないでしょう?」

「それなんだが、知れ渡っている。私の軽率な行動が招いた」

 導師は肩を落としていた。

「何か、失敗したんですか?」

「ああ。翻訳のためにうわさを流した。そのツケがきている」

 導師は読めない本の翻訳のためにうわさを流して、翻訳できる人を探したようだ。そして、翻訳者を見つけて翻訳してもらった。だが、再生の魔術の話は有用性から知れ渡った。そんな時に実験で人や動物も含めて成功させている。そのため、被験者から話が漏れたようだ。その後は翻訳の時と同じようにうわさが流れたようだ。

「王や公爵から何件か依頼が来ている。それも、断れないのが……」

 導師は疲れた顔をした。

「手伝いますが、申請して使い手を増やした方がいいと思いますよ?」

「それなら、申請している。だが、呪文は知っているように特殊だ。それに、魔力の消耗が激しい。そのため、使い手は限られている。だから、手伝ってもらいたい」

 導師には疲れた目でいわれた。

「はい。わかりました。ところで、無詠唱でいいのでしょうか?」

 仕事の内容では呪文を唱えないと、相手に不信感を持たれる。

「無詠唱はやめた方がいい。相手に何をしているのかわからないからな」

「わかりました。呪文を覚えますので、後で書斎に行きます」

 導師は安心した顔になった。

 僕は無詠唱で再生の魔術が使える。言葉を覚えるよりも感覚で覚えた方が早いのだ。

「悪いな。私一人では抱えきれなくて」

 導師の手伝いは、今に始まった話ではない。仕事を振られてもそうかとしか思わない。

「僕は導師の手伝いも仕事に含まれているんですよ。疲れる前にいってください」

 導師は嬉しそうに微笑んだ。しかし、疲れがにじんでいた。

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