第105話 喜び

 昼食の席で左手を使う。やはり、爪がないため力を入れられない。力を入れると抜けるような感触があって、手を止めてしまう。

 ノーラはそれを察してか、肉や魚などナイフを入れるものは、一口サイズに切ってくれた。

 僕は礼をいって食事を再開した。

「再生の魔術はできたが、まだ、完成としたといえない。再生した経過を見ているからな。親しい人間以外には話すなよ」

 導師はそう僕に忠告した。しかし、僕の手を見ればすぐにわかる。すぐにウワサが回るのは簡単にわかった。


 僕はカリーヌの屋敷に来た。

 しかし、お出迎いに家長であるジスランがいた。

「やあ、この前のゲームの試作品ができたんだ。ちょっと見てもらいないかい?」

 僕は早くカリーヌたちとテラスで、まったりと紅茶を飲みたがったが、ガマンする。ジスランにとって賭博は重要な仕事である。無下むげにはできなかった。

 ジスランに連れられて遊戯室に行く。そして、中に入ると、新しい台があった。

「ルーレットと同じものにしたよ。客にストレスを感じさせないように」

 ジスランのいう通りルーレットをマネて作られている。新しい色や素材だと、違和感がありストレスになるようだ。

 僕は台に触る。台に書かれている模様はよくできている。そして、手触りはいい。後は台に並んでいるカップだ。色々な種類と素材でできている。

 僕は素材に注目して選別する。軽くて頑丈。そして、透視ができない。この三点で選んだ。

 残ったのは、三つだ。木のツタで編まれたもの。軽石でできたもの。金属だが軽いものだ。

 僕はその三つを残して、後は横に寄せた。

「ほう。その三つか」

 ジスランの感嘆した。

 僕はサイコロを掴んで試しに振ってみた。

「ちょっと待ってくれ」

 ジスランにとめられた。

「君の左手は肌色に塗ったのかい?」

 ジスランは驚いているようだ。

「いえ。導師に再生の魔術で生やしてもらいました」

「本当かい?」

 ジスランに僕は手を見せてうなずいた。

 ジスランはコールの魔法を使う。そして、誰かと話しているようだ。

 僕はその間に三つのカップを試した。

 やはり、ツタで編まれたカップがしっくりする。前世の僕の先入観もあると思う。しかし、金属と軽石では台を傷つける。それにサイコロにも優しくない。自然とツタのカップで決まっていた。

 サイコロは透明なサイコロはない。まだ、試作もできていない段階のようだ。

 僕はジスランを見る。まだ、コールの魔術で話し合っている。僕は除外した他のカップを見て時間をつぶした。

 やはり、ツタのカップだなと思っていると、ジスランがコールの魔法を切った。

「すまない。ちょっと驚いてね。思わず、確認してしまった。近い内にパーティーをしよう」

 ジスランは喜んでいた。

「そうですね。再生魔術を復元したんです。導師の偉業を祝ってもいいですね」

 僕はジスランに笑った。

「えっ? 君の左手だよ」

「はい?」

 ジスランと僕の認識は違うらしい。

「カリーヌが心配していたんだ。君は自分を大切にしないところがあるからね。他の友達も喜ぶと思うよ」

 僕はカリーヌたちに心配させていたらしい。手がなくなってあきらめていたら、再生魔術のウワサが回った。それで、期待していたのだろう。僕としては読めない本に期待はしてなかった。だが、あの本を翻訳した人が気になる。後で導師にきいてみようと思った。

「導師の頑張りも褒めてください。僕は元に戻れただけですから」

 僕はほほをかいた。

 何か恥ずかしい。

「今日はもういいよ。カリーヌたちにその手を見せてあげて。喜ぶから」

 僕はジスランに背中を押されて遊戯室を出た。


 僕はメイドに連れられてテラスの席に来た。

「いらっしゃい」

 カリーヌに笑顔で迎えられた。

 僕はいつもの席に座る。

 どう、左手の話を切り出すのがいいのか考える。素直に「手が生えました」といえばいいのかわからない。

「シオン。手を見せて」

 カリーヌは僕の方に体を向けた。

「はい」

 僕は迷ったが、左手を出した。

 カリーヌは僕の手を握る。そして、自分のほほに当てた。

 僕の体温を感じているのかわからない。だた、カリーヌの目から涙が流れた。

「よかった」

 カリーヌは涙を流しながら微笑んだ。

「ごめんなさい」

 僕はそういうことしかできなかった。

「ううん。……ダンスの練習をしましょう」

 カリーヌは手を放さずに立った。

 僕も立ち上がった。

 二人して、テラスから庭に出る。そして、手を合わせてダンスを踊る。

 僕はまだダンスは下手だ。でも、カリーヌは気にしていない。そればかりか幸せそうな顔をしている。

 僕はカリーヌの体温を感じながら踊った。

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