第93話 貴族

 遺跡の管理者が変わったらしい。

 その遺跡を含む一帯の領土は、他の公爵の管理下になったようだ。そして、遺跡は発掘が再開した。

 理由は危険な物を排除したいらしい。

 遺跡の遺物は研究対象になるはずだが、王都でバラまかれた件で、危険と判断されて廃棄が決まったようだ。

 その決定には、安全に遺物を廃棄できる人間がいるのが一番の理由らしい。過去からは考えられないようだ。

 僕と導師は登城して、王から直々に遺物の破壊の命令を下された。

 理由は遺物を安全に破壊できる魔術を持っているからだ。ドラゴンブレスの使い手は導師と僕しかいないようだ。

 僕は王からお土産をもらって喜んでいた。

「そんなに嬉しいか?」

 僕の喜びように、導師はあきれるようにいった。

「はい。タダでノクラヒロの杖をもらえるんですよ。お金がかからなくていいんですよ」

 僕には杖は消耗品であると、龍との戦いで理解した。だから、無料なら、それに越したことはない。

「我が家は貧乏ではないぞ。それくらい買えるぞ」

 導師はあきれている。

「でも、金貨が何十枚も飛ぶんですよ。あれは見ていて嫌になります」

 僕は金貨が入った袋を、どさっと渡す場面を見たのだ。それは恐ろしかった。

 あれだけあれば、何年も贅沢な一人暮らしができるだろう。それを、杖一本という武器に払うのだ。そんな高級な武器を乱暴にあつかえない。それどころか、大事にして武器のためにケガをする可能性がある。それだけは嫌だった。

「お前は前世の記憶に引きずられているな。まあ、平民なら当然だが、今のお前は貴族なんだ。出す時に出さないと、名が泣くぞ」

 導師のいう通り金銭感覚は、前世の貧乏なままである。

 前世では外食をするなら、自分で作って好きなものを作って食べる。そういう人間だった。

「貴族の金銭感覚ってわからないです」

 僕は素直に答えた。

「まあ、その内に教えるよ。今は子供のままでいてくれ」

 導師は僕のほほをなでて笑った。


 遺跡の発掘は順調に進んでいるようだ。たまに呼ばれて遺物を破壊している。

 だが、別件で仕事が入った。

 導師がいうには、墓地にディナイルブデスという魔物が出たようだ。それの討伐とうばつを頼まれたらしい。

 魔獣などの討伐は、傭兵ギルドが募集してチームに任せるはずだ。

 なぜ、導師の下に依頼が入るのか理解できなかった。

「ディナイルブデスは死の否定という通り、不死者の化け物だ。それが、公爵家がそろう墓地に現れた。本来なら傭兵ギルドに頼むのだが、場所が公爵家の墓だ。傭兵には荒されたくないらしい。それで、仕事を回された」

 導師はやりたくない仕事らしい。デスクの向こうで、あからさまに嫌がっている顔をしている。

「断れば、よいのでは?」

 僕は素直にいった。

「そうもいかん。私も公爵なので付き合いがある。その流れで頼まれたのだ」

 導師はフンと鼻から息を吐いた。

 導師も納得してはいないようだ。だが、断われない。

 僕はこれが貴族だと理解した。

「ところで、その不死身の化け物は、どうやって倒すんですか?」

 僕は魔物を相手にしたことはなかった。

 導師は席を立った。そして、本棚から一冊の本を引き抜いた。

 僕はその本を渡された。

「これに載っている。勉強はゆっくりでよいぞ。急いで仕事を片付けたら、何を押し付けられるのかわからん」

 導師はドスンとイスに座った。

 今日の導師の機嫌は直りそうもなかった。


 今日もカリーヌの魔術の家庭教師と、僕のダンスの練習のために、カリーヌの家に訪れた。

「やあ。待っていたよ」

 ジスランは玄関まで出向いていた。

 ジスランの意気込みを感じて、僕は怖かった。

「やっと見本ができたよ。まずは確認して欲しい。それと試遊してくれないか?」

 ルーレットを使って遊ぶらしい。

 もちろん、それは意味がある。賭け率の設定とか実物で計りたいのだろう。

 ジスランに連れられて遊戯室に来た。

 いかにも、カジノにありそうな存在感と高級感を感じた。

「さっそく見てくれ」

 ジスランに頼まれて、僕は台を見る。

 テーブルに使っている木は高そうである。下から見るとはりぼてではない。しっかり見えないところにも気を使っていた。

 僕はテーブルを触りながら、図形や番号を見る。どれも、しっかりわかるように描かれていた。そして、手触りもいい。文句はなかった。

 肝心のホイールを見る。これも高級な雰囲気を出している。そして、作りは細かく均等に作られていた。これなら、客に文句はいわせないだろう。ポケットの大きさで操作しているとは思われない。

 僕はホイールを回した。

 重いが安定して回る。時間にして三分は超している。問題はなかった。

 僕は球を持ってルーレットの溝に弾いて入れた。

 球は何周もして、コロンとホイールに落ちて転がり、一つのポケットに入った。

 僕は何度かホイールを回して球を投げ入れた。球は色々な数字の場所に落ちた。

「これなら、お客も納得すると思います」

 僕はジスランにいった。

「ありがとう。これでカジノに置ける。分け前は期待してくれ。必ず、売り上げてみせるよ」

 ジスランは安心したのか微笑んだ。

「あっ。客が置く飲み物の台がなかったです。申し訳ありません。気付きませんでした」

 僕はすっかり忘れていた。

「それなら、個別に小さな台を用意しているよ。長いと何時間もするからね。これがそうさ」

 ジスランはわきにあった小さな台を示した。

 小さなテーブルだった。

「それなら、底をへこますなり、穴を開けて固定できるようにしては、どうですか?」

 僕は思わず口に出していた。

「ほう。それはどうな物なんだい」

 僕はいらない紙にドリンクホルダーの絵を描いた。

「なるほど。これならこぼさないな。参考にさせてもらうよ」

 ジスランは紙を書類入れにいれた。

「ところで、遺跡のあった領地が他の公爵に渡ったのは知っているかい?」

 僕はジスランに尋ねられた。

「はい。王様から僕と導師に遺物の破壊の命が下りました」

「あの領地は僕たちと対立している公爵の領地だった。でも、その領地はごそっと遺跡を中心に僕の友人のものにした。これで、あちらは力の一部はなくなったはずだ。あちらはまだ余裕があるけど、今回のことで痛手を負った。しばらくは静かにしているはずだ。だから、今は気兼ねなく屋敷に来て欲しい」

 ジスランは微笑んでいる。

 ジスランは何かしらの手を回したのだろう。その結果、敵対している貴族の力を削った。それが、貴族の争いなのだろう。

 僕はジスランの怖さに何もいえなず、こくりとうなずいた。

「さて、試遊してもらうから、娘や友達を呼んでおいで」

 ジスランがいうと、側にいたメイドが扉を開けた。

「はい」

 僕はカリーヌやレティシア達を呼びにテラスに行った。

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