第92話 沈静

 結局、父は捕まえられず逃がしたようだ。そして、剣士の方も同様である。

 騎士団は悔しさをにじませていたが、静かに自分の力を上げるために練習していた。

「申し訳ありません。またしても、逃げられました」

 僕はアドフルに謝られた。

 僕はアドフルが悪いと思っていない。悪いのは父であり僕だ。親子としてまっとうな関係を作れなかったのだ。責任は僕にあった。

「すみません。僕のせいで多くの人を傷つけています」

 僕は導師に謝った。

 すべては僕と僕の父との争いだ。導師は関係ないからだ。

「勘違いするな。傷つけているのは、お前の父だ。シオンではない」

「ですが、僕に関わる限り、父の暴挙にさらされます。今回は死んでいませんが、死んだとしたら僕はここに居られません」

 もし、人が死んだら僕のせいだ。父の狙いは僕である。だから、僕が消えればよいだけだ。

「それが、敵の狙いだ。戦略級魔術師はお前しかいない。だから、私の敵対する貴族は、お前を私から引きはがそうとしている。そのための嫌がらせであり、策略でもある。お前が罪悪感を持つほど敵は喜ぶ。お前の件は私の貴族としての戦いでもある。だから、自分を責めるな。そんな顔をされると、私が責められているように感じる」

「すみません」

 僕は謝ることしかできなかった。

「これは貴族としての争いだ。それに息子を巻き添えにしている。……まあ、貴族に生まれた限り当たり前なのだがな。だから、自分一人を責めるな。家族であり、貴族である私たち二人の問題だ。わかったか?」

「……はい」

 導師は僕を子供として一緒に考えているようだ。

 これが家族なのかもしれない。

 僕は温かいものを感じていた。


 数日して、騒動が沈静化し、いつもの日常が戻ってきた。

 僕はカリーヌの下に向かった。しかし、カリーヌの父に捕まった。

「試作品ができた。また、見てくれないか?」

 僕は断ることもできずに、新しいルーレットの試作品を見た。

 見た目から様になっている。これで、十分と思うぐらい作り込まれていた。

 僕はチップを置くテーブルを触った。手触りはいい。これなら、チップの移動に問題はないだろう。それに、数と図柄は前よりしっかりと描かれている。問題はない。

 肝心のホイールに触る。試しに回してみると、重いがスムーズに動いた。僕は止まるまで眺めた。目標の三分は越えている。これなら、ホイールを回してから賭ける余裕はある。

「球を弾いてよいですか?」

 僕は家長のジスランに球をもらった。

 僕は弾いて調子を見る。何度も溝を回る。そして、しばらくすると、ルーレットの一つの数字のポケットに落ちた。

 最低限の作りにはなっていた。

「後は高級そうにできれば、問題ないと思います」

 僕はジスランにいった。

 ジスランは微笑んでいた。

「テーブルの素材だが、私がいいと思った物を使った。それは問題ないか?」

 ジスランは見本を何個も出した。

 僕はそれらを触って確かめた。

「お父様が選んだのが一番いいです」

「そうか。良かった」

 ジスランは微笑んでいた。

「今度は試作品でなく見本を見せるよ。それを見て意見をもらいたい。何度も手直ししても限りはないのはわかっているが、必要でね」

「はい。僕でよければ」

 僕は仕事の終わりを感じた。

「うん。……それより、ザンドラの家に賊が入ったようだね」

 ジスランの声が低くなった。

「はい。留守を狙われました」

 僕は素直に答えた。

 ジスランの情報網は広いからだ。知っていて当たり前だった。

「うん。僕も本気を出すよ。期待して待ってくれ」

 ジスランの目は怒っているようだった。


「遅ーい」

 レティシアに文句をいわれた。

「お父様に試作品の意見を求められたんです。勘弁してください」

 僕はイスに座りながらいった。

「おっ。ルーレットってヤツで遊べる日は近いのか?」

 アルノルトは少し興奮した。

「今度は見本になるようです。お父様の許しがあれば触れると思いますよ」

 僕は答えた。

「アルノルトは博打ばくちは禁止よ。性格からして、博打で身を持ち崩すのが簡単にわかるから」

 カリーヌの意見は厳しかった。

「でも、遊びならいいだろう?」

「それで、こりるのならいいけどね」

 カリーヌは納得していなかった。

「博打は開催者が一番勝つし儲かる。だから、客は負ける確率の方が高い。それを含めて遊ぶのなら止めない」

 エトヴィンには博打の勝率がわかっているようだ。

「オレが負けるというのか?」

「確率の問題だ。五割を切る勝負に手を出すのか?」

「それは不利だな。二回に一回は負ける。それより低いのはずるいとしか考えられない」

「お前がしようとしているのは、それと一緒だ。五割を切るのが博打だ」

「そうなのか?」

 僕はアルノルトにきかれた。

「はい。そうでなければ、商売になりませんから」

 僕は笑ってみせた。

「うわ。それって詐欺さぎだろ」

 アルノルトには事実は受け入れられないらしい。

「それが博打だ。現実を知れ」

 エトヴィンはあきれたようにいった。

「一攫千金は無理なのかよ。夢がないー」

 アルノルトはうなだれた。

「そんな夢を見る方がバカなのよ。もっと、現実を見なさい」

 レティシアはあきれたようにいった。

「夢がないとつまらないだろう?」

「もっと現実的な夢を見なさいよ」

 夢を追うアルノルトと冷めた性格のレティシアのいい合いは続いた。

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