第89話 ルーレット

 いつものようにカリーヌの家に訪れると、家長のジスランに捕まった。

 ルーレットの試作品ができたようだ。遊技室に案内されて中に入る。

 そこにはルーレットが置いてあった。

「もう、できたんですか? 早すぎませんか?」

 僕は驚きと共に興味深く眺めた。

「ちょっと無理をいって、早急に作ってもらった。それに試作品だ。まだ、何度も手直しをしないとならない」

 ジスランは得意げにいった。

 こういうところは貴族らしい。無理を押し通すのは身分の違いだろう。

 僕は心臓であるホイールを見た。数と共にポケットはできている。そして、回してみる。安定感がないので、ふちにぶつかった。少なくとも三分ぐらい安定して回らないとならないと思う。これは改善が必要だった。

 球を弾きだす溝は驚くほどよくできている。これなら、球をはじき出せる。

「試していいですか?」

 僕はジスランにきいた。

「もちろん」

 ジスランの言葉を聞いて、ホイールを回す。ホイールは軽すぎるのか、安定して回らない。だが、球を弾いてみた。

 球はホイールに入るまで横の溝に回る。そして、力が尽きると球はホイールの上に落ちて跳ねた。そして、しばらくすると、一つのポケットに入った。

「そうやって投げるのか。これはパフォーマンスとしても有用だな。上手くすれば落とせる場所も操作できる」

 ジスランの目は鋭い。教えなくても理解していた。

「ホイールに安定性がありません。もっと安定して長く回るようにできませんか? 必要ならベアリングを使わないとなりません」

 僕はジスランにいった。

「ベアリング?」

「はい。回るところに、それを入れるとスムーズに動きます。摩擦を少なくしますので」

「ベアリングか……。だが、今より、ホイールを重くして長く回せる方法はある。それで、作ってみるよ」

「はい。後はチップを賭ける場所ですが、チップの滑りをよくするように、布を変えた方がいいです。滑りやすくって、毛の短い丈夫なじゅうたんみたいのがいいかと」

「なるほど、今度、サンプルを何枚か作ってもらう。それを見てくれないか?」

「はい。触ってみないとわかりませんから」

「ありがとう」

 ジスランは満足したようだ。機嫌はよいように見えた。

「それより、君の父親が王都に来たようだね?」

 ジスランの声色が変わった。

 それは冷たさを感じた。

「……はい。迷惑をかけて申し訳ありません」

 僕は身の回りの人に迷惑をかけている。それが、申し訳なかった。

「わかっている。だから、僕も僕らしく手を出すよ。後ろにいる貴族は排除してみせる」

 僕はジスランを見る。

 ジスランは微笑んでいるが目は笑っていない。本気の目をしていた。

「ありがとうございます」

 僕は感謝しかなかった。

 他の貴族を敵に回す。それはジスランにとって不利益なだけだからだ。

「君とは長い付き合いをしたいのさ。僕のためでもあるから気にしないでね」

 ジスランは心強くもあるが、貴族の怖さを感じさせた。


「遅いわよ」

 僕がテラスに着くなり、レティシアにいわれた。

 他の三人も待っていたようだ。

「すみません。お父様の新しい遊戯ゆうぎの試作品を見てましたから」

「お父様が、また、シオンに頼んだの?」

 カリーヌは僕にきいた。

「ええ。それで、色々と意見をいいました」

「それって、カジノの話か?」

 アルノルトは興味深そうにいった。

「はい。ヴィアルドー公爵は公的な賭博を開いていますから」

 僕は答えた。

「オレでも遊べるか?」

 アルノルトの疑問に僕はカリーヌを見た。

「博打は成人しているのが、最低条件よ。子供にはできないわ」

 カリーヌは当然とばかりにいった。

「でも、お金を賭けなくても、遊べないのか?」

 カリーヌは考えた。

 カリーヌは博打で使っているトランプの遊び方を知っている。教えてもよいか考えているようだ。

「……まあ、できるけど、アルノルトがのめり込むのが、簡単に想像できるの。だから、やめた方がいいわ」

 カリーヌの反応は渋い。

「でも、金を賭けなければ遊びでしかないだろう?」

「博打で身を持ち崩すのは見ていられない」

 カリーヌはアルノルトの性格を見て心配しているようだ。僕から見ても、ギャンブルで熱くなるのが容易にわかる。

「シオンはヴィアルドー公爵の事業に関わっているのか?」

 エトヴィンにきかれた。

「はい。何度か意見をしています」

「トランプの試作品を作ったのは、シオンよ。知っていて当り前よ」

 レティシアは補足した。

「えっ」

 アルノルトとエトヴィンは驚いていた。

「それより、今度は何?」

 レティシアは冷静だった。

「ルーレットです。さっき、試作品を見せてもらいました」

「どんなの?」

 僕は簡単に説明した。

「それ、やりに行こうぜ」

 アルノルトは燃えていた。

「待て、試作品だろう。触ったら怒られるぞ。見本なら別だが」

 エトヴィンは冷静だった。

「そうなのか?」

 アルノルトは意外そうな顔をしていた。

「当たり前だろう。試作品は内緒にする。それは特許を取るのに、先を越される心配があるからだ。本来なら隠している。シオンが特別にオレたちだけに教えただけだ」

 エトヴィンは冷静だ。頭がよいのだろう。判断ができている。

 それより、簡単に話した僕の甘さを痛感した。

「それって内緒なのか?」

「当たり前だ」

 エトヴィンは当然とばかりにいった。

 アルノルトは理解したのか、静かにイスに座った。

「見本ができたら、それで遊べないか?」

 アルノルトはまだあきらめていないようだ。

「お父様がよいといったらよいわよ」

 カリーヌは答えたが、やはり、嫌がっていた。

 アルノルトの年代で博打に興味を持つのは早すぎる。博打で負けて借金をして、返せず首を吊るのは見ていられない。でも、早めに不利な賭けと理解させて、食い止めるのも一つの方法だと思った。

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