第七章 龍の牙

第88話 日常と父

 苦痛だった魔術の詠唱化の仕事が終わり、日常が戻っていた。

 カリーヌの家に行くと、家長のジスランに引きとめられた。何でも、話があるらしい。

「スロットの件は難しいから、まだ先でいい。だが、カードゲームだけでなく、他に博打ばくちに使えるゲームはないか?」

 応接室でジスランにいわれた。

「カジノの経営は上り調子だと導師に聞いています。客が離れたのですか?」

「いや。種類が少ないんで苦情があるんだ。他の刺激が欲しいらしい。何でもいい。何かないか?」

 僕は前世の記憶を探る。カジノなど本格的な賭け事をしたことはない。だが、おもちゃで知っているのはある。

「ルーレットはどうですか?」

「ルーレット?」

 ジスランはきき返した。

「はい。手で回した円盤に球を投げ入れるんです。それで、球が入ったポケットの数字を当てるゲームです。ちょっと大掛かりになりますけど、カードゲームより気楽に参加できると思いますよ」

「それはどれぐらいの大きさになるんだ?」

「この応接室の机より大きくなります。ホイールは三十八のポケットがつく円盤ですから」

「想像ができない」

 僕はいらない紙をもらってルーレットの台を描いた。

 ホイールの円と数字が並ぶ盤面を見せる。

 僕はその数字の書かれた図にチップを置くと説明する。そして、置き方で倍率は変わると教えた。

「ホイールの構造はどうなるんだ?」

 僕は土の魔術でホイールの構造を簡単に作ってみせた。円盤とその中にある数字とポケット。そして、球を投げ入れる溝を再現した。

「なるほど。これなら、複雑でないからすぐにできるな。試しに作らせてみる」

 ジスランは喜んで退席した。

 僕はテラスにいるカリーヌのところに移動した。


 テラスにはカリーヌとレティシアの他にエトヴィンとアルノルトがいた。

 二人は遊びに来たらしい。

 貴族はスパルタ教育とも聞いていたので不思議だった。

「それは家を引き継ぐ長男と保険の次男だけだ。オレたちは三男だから関係ない」

 アルノルトのいいようだと僕の考えは違ったようだ。

 貴族には二通りいるようである。家長を引き継ぐために、勉強や剣術を徹底的に仕込まれる長男と保険の次男。それ以外は教養と礼儀作法を習うだけで予備であるらしい。

「だから、将来は騎士で衛兵だ」

 アルノルトは投げやりにいった。

「男爵には成れないの? 領地を一部もらうとか」

 僕はきいた。

「それはない。我が国は相続で分割しない。だから、長男がすべて引き継ぐ。なので、長男の考え次第だな。空きのある領地に男爵として任命されるとかな」

 エトヴィンは答えた。

 貴族は貴族で大変らしい。

 僕も爵位をもらっているが領地はない。自分で稼がないと暮らしていけない。

「それよりも楽しみましょうよ。大人になったら親のコネが通じなくなるんだから」

 レティシアはメイドからトランプを受け取った。

 将来を憂うより、今を大事にした方が良さそうだ。

 その後はトランプで遊んで終わった。


 なぜ、落ち着いた頃に現れるのか不思議だ。すぐに逃げるくせに、自信をみなぎらせて僕に敵意を飛ばす。もはや、父は理解できない人間だった。

『シオン。手を失った気分はどうだ。ローシェを失った喪失感を少しは理解できたか?』

 馬車で移動中の僕に、実の父はコールの魔術で話しかけてきた。

『僕が母を失って悲しまなかったというのですか? それほど、節穴の目をしているとは思いませんでした』

『子供の分際で親を見下ろすな』

『自分の気持ちばかりで、他人の気持ちを知りもしないのですから、仕方ないでしょう?』

『ドラゴンスレイヤーとかいわれて、調子に乗っているのはよくわかった。子供のしつけは親の仕事だ。わからせてやる』

『僕を売って、親の顔をするんですか? どこまで堕ちれば気がすむんですか?』

『黙れ!』

 コールの魔術は一方的に切れた。

 また、父の相手をしないとならない。僕は目の前に座るアドフルを見る。

「父が現れました」

「はい。了解しました」

 アドフルの目が光った。

 過去に父には逃げられている。今度こそ、捕まえると決心しているようだ。

 僕はアドフルから騎士団に頼んで対応してもらった。


「導師。父が王都にいます。コールで話しかけられました」

 僕は夕食の席で導師にいった。

 導師はワインを揺らしてうなずく。

「騎士団に連絡は?」

 導師は僕の目を見ていった。

「アドフルさんにいいましたので、今頃は話が通っていると思います」

「そうか、わかった。私も知り合いに手を回す。今度こそ捕まえてみせる」

「ありがとうございます。でも、無理はしないでください。父の逃げ足の速さは一流です」

 導師は笑う。

「そうだな。そうでなかったら、騎士団が捕まえている。……だが、背後が一番気になるな。地位の高い貴族の援助がなければ、凍結した遺跡を発掘できない。また、ロボットというヤツを出してくるかもしれないな?」

「はい。他人を巻き添えにしても気にしない人なので怖いです。……遺跡がある場所を領地としている公爵とか怪しくないですか?」

「怪しいというか、黒だろ。だが、尻尾を見せても、すぐに切り離す。王でさえ手を出せないでいるんだ」

「そうですか。暴力では解決できないですね」

「ああ。政治の話になる。それは私に一任してくれ。お前には権謀術数けんぼうじゅっすうができないだろう。素直な性格だからな」

「……はい」

 導師のいう通り、僕はウソや策略、駆け引きを面倒くさがっている。いや、嫌いというか苦手なのだ。

「まあ、それを直す必要はない。素直なのも美点でもある」

「でも、いつも悪い人が得をしているように思えます」

 僕は納得できなかった。

「そうだな。それだけ世の中の闇を知っているということだ。光の中で生きているお前とは見方が違うんだ」

 僕には導師の言葉の意味がよくわからない。だが、性善説で世界は動いていないのは理解できた。

「お前は光の中で生きろ。闇に落ちる必要はない。お前には似合わないからな」

 導師は微笑んだ。

 導師の真意はわからない。だが、僕は僕のままで生きる方がよいようだ。

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