第87話 仕事

 僕は導師の書斎で新しい魔術の詠唱化した紙を渡した。

 導師はすぐに紙を開いて目を通す。

「うん。よくできでいる。だが、何で公級と候級の二つがあるんだ?」

 導師は質問は当たり前だった。

「どちらでもできますし、頭の呪文を変えるだけで威力が変わるからです」

 僕は恐れながら答えた。

 並べた言葉がカッコ悪いとかいわれたくないからだ。

 導師は少し考え込んで顔を上げた。

「まあ、そういうのもありか。さっそく、試してみよう」

 導師は席を立つと、僕に手を伸ばした。

 僕はその手を掴むと、導師は転移の魔法を使った。

 いつもの実験場の荒野である。ここは詠唱化のために、毎日通っていた。

 詠唱して魔術を発動させるために、言葉を並べて魔力の流れを感じる。そして、無詠唱の時と違うと、その言葉は合っていない。なので、新しい言葉を探して魔力の流れを見る。その作業を毎日、繰り返していた。

 石板に言葉をチョークで書いては消す。書いては消すを繰り返す。その作業は、石板を見るのも嫌になるくらいだった。

 導師は荒野の一角を指す。そして、紙に書かれた呪文を唱えた。

「初元にして終わりを司るマナの命よ。我が声に答え給え。空より落ちる輝きよ。我が手に集いて光となれ。その威、その身を表せ。そして、我が敵を打ち破れ。サンダーバード《雷鳥》」

 導師の手のひらに雷の鳥が現れると、すぐに飛んだ。

 雷なので光のように速い。そして、岩にぶつかると岩を粉砕した。

「悪くない。これなら、あの公爵も納得するだろう」

 導師は喜んでいた。

「その公爵様と何の関係があるんですか?」

 僕は新しい魔法を求める公爵に疑問を持った。

「ああ。私たちはドラコンスレイヤーとして名を成している。それで、有名人になった私たちが、自分のために新しく魔術を作ったと自慢がしたいんだ。ちょっとした貴族の見栄だ。まあ、この呪文はお前の名前で申請するけどな」

「はあ……。貴族って、一時的な自己満足に金を払うんですか?」

「ああ。貴族には色々いるからな。……シオン。悪かったな。断れなくて」

「いえ。貴族とはそういうものでしょう? 男爵になった時に覚悟しました。でも、貴族として上手く生きれるかわかりませんけど」

 導師は僕の頭をなでた。

「その歳でわかっていたら、私が嫌だぞ。それにお前は体と同じく、この世界の知識は子供なんだから」

「むー」

 僕は大人のつもりだ。だから、口をとがらせて抗議した。


 呪文は羊皮紙に書き込まれ、相手の貴族に送る。そして、実演は後日になるようだ。

 相手の貴族からは、すぐに連絡があった。すぐにでも、実演して欲しいらしい。

 日時と場所を決め、最後の仕事におもむいた。

 場所は荒野である。そして、そこにはすでに貴族が待っていた。

 イスと机を持ち寄って座っている。何人ものおばあさんがお茶をしている。依頼を頼んだ人は友達を呼んだようだ。

 その中で貴族らしい男の子が一人いた。しかし、僕より背は高い。十歳は越している。

 導師はおばさんたちのところに行った。

「お待たせしました。ザンドラ・フォン・ランプレヒトと申します。この度はお集まりくださって、ありがとうございます」

 導師は礼をした。

「忙しい中、仕事を頼んで申し訳なかったわ。でも、無理を聞いてくれて嬉しかったわ。それに――」

 導師はおばあさんたちの談笑に引きずられて長話になった。

 僕は導師のわきで立って待っていた。

「おい。お前が作ったと聞いたが、本当か?」

 男の子が不服そうにいった。

「はい。そうですが?」

 男の子はさらに不満そうな顔をした。

「何で、オレより歳下のヤツが魔術を作れるんだ。まだ、魔術を習っている最中だろ?」

「魔術は一通り習いました。ですが、魔道具はまだ作れません」

「一通り習った? 習って何年目だ?」

「二年か三年目ですね。僕に魔術を教えてくれたのは、傭兵だったので、加減を知りませんでした」

「傭兵? 何で貴族が傭兵に習うんだ。技術は下だろう?」

「僕は商家の子でした。なので、家庭教師は傭兵になります。傭兵のために弁明しますが、無詠唱を教えてくれたのも傭兵です」

「傭兵が無詠唱だと。聞いたことない!」

 男の子は怒った。

「おや、まあ。どうしたの?」

 おばあさんの一人が男の子にいった。

「こいつがウソをいうんです。傭兵が無詠唱を使うと」

「あら、そうなの?」

 おばあさんは男の子をなだめている。

「でも、魔術師なら誰でも無詠唱を使いたいわ。だから、平民にできても不思議ではないわよ」

「ですが……」

 男の子の怒りは少し収まった。しかし、まだ、文句がありそうだ。

「ランプレヒト子爵は魔術の腕を買われて貴族に成れたのよ。だから、平民でもできるのよ」

「でも、僕はまだできません」

 男の子は下を見た。

 僕より魔術の腕が劣っているのが許せないようだ。

「あなたは立派な貴族として、たくさん勉強しなければならない。魔術はその中の一つよ。こだわる必要はないわ。それに立派な騎士になりたいといっていたでしょう? 負けたくない気持ちはわかるわ。でも、その悔しさを自分に向けなさい。誇り高い騎士になると。……わかったかな?」

 おばあさんは優しく微笑んだ。

「わかりました」

 男の子はまだ不満が残るようだが黙った。

「それでは、実演します」

 導師が僕を連れておばあさんたちから離れた。

「ふう、お前も大変だな。私は無駄話に付き合わされて疲れたよ」

 導師がぼやいた。

 おしゃべりに夢中なおばあさんたちを見た。

「実演しなくても、いいのでは?」

 僕はおばあさんを見た。

「実演して見せて、本物だと知らせなければ終わらない。貴族の酔狂に付き合うとこうなるんだ」

「大変ですね」

 僕は導師の苦労を知った気がした。

「それより、準備してくれ。お前が実演しないとならない。お前が作った魔術だからな」

「わかりました」

 僕はうなずいて目標になる岩をいくつか探す。そして、目星をつけて導師の合図を待った。

 導師から合図が送られた。

 僕は手のひらを頭により上にあげる。

 観客が見やすいように配慮した結果だ。

「初元にして終わりを司るマナの命よ。我が声に答え給え。空より落ちる輝きよ。我が手に集いて光となれ。その威、その身を表せ。そして――」

 あげた手のひらに雷の鳥が現れた。

「――我が敵を打ち破れ。サンダーバード」

 そういうと、雷のごとく岩に飛んで粉砕した。

 おばあさんたちの拍手が飛ぶ。

 実演は成功したようだ。

 だが、おばあさんはこれだけで満足しない。

 何度も実演することになった。そして、最後にはドラゴンブレスを見たいといった。

 僕はやめて欲しかったが、導師のすまなそうな顔で見られて実演することになった。

 無詠唱で放ったドラゴンブレスは岩を塵と変えた。

 おばあさんたちは拍手をして喜んでいた。

 僕はおばあさんたちは本当はドラゴンブレスを見たいだけだと思った。

 何度かドラゴンブレスを披露した。その後も導師はおばあさんに捕まり長話になっていた。

 解放されたのは空がオレンジ色を見せる頃だった。

 すぐに終わると思った仕事は、午後の時間をすべて使わせられた。

「はあ。当分、依頼は受け付けん」

 導師は疲れ果てたようだ。

 僕も疲れている。当分、魔術を詠唱化はしないと心に決めた。

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