第85話 魔剣

 午前中は勉強で、午後から、カリーヌの魔術の家庭教師と僕のダンスの練習。そして、その後は騎士団の練習場でアドフルと槍の稽古である。

 いつもの毎日が帰ってきた。

 だが、仕事を二つも抱えている。カリーヌの友達の呪いの件と、魔術の詠唱化である。

 魔術の詠唱化は、午前中の魔術研究のための時間を使って、詠唱化をしている。

 ただ、魔力を呪文という言霊ことだまによって操る。その言葉で魔力を流して変える言葉は無限にある。最適な言葉を選ぶには、僕の知る言葉の種類が少なすぎた。

 この世界に来て七年の僕には無理な話でもある。だが、やめることはできない。

 僕は根気強く、魔力の流れを操作する言霊を書いては消す。それを何十回、何百回と繰り返す。そして、最適な魔力の流れと変換する言葉を並べていった。

 疲れて、昼食を食べる。僕はため息を吐いた。すると、導師もため息を吐いていた。

「どうした。詠唱化は難しいのか?」

 導師にきかれた。

「生まれて七年では言葉の種類が少なすぎます。類語辞典を見て勉強していますが泣きたくなります」

 導師は苦笑した。

「まあ、そうだな。お前の前世の記憶があっても、使っている言葉は違うからな。まあ、言語を覚える良い機会だろう」

「そうですが、泣きたくなりますよ。こうも簡単にできないと。前の言葉で詠唱化したくなります」

 僕の泣き言に導師は笑う。

「まあ、頑張れ。だが、手が詰まったら、私にいうんだぞ。本来なら私の仕事だ」

「それなら、形になりつつありますので、時間の問題です。でも、皆が無詠唱で魔術を使えばいいと思います」

「感覚を言葉にする。それをしないと他人には通じない。言葉と一緒で、無詠唱でできても詠唱化は必要なんだ。だから、将来でも必要な技術だから慣れるように」

 僕を説得するように導師は優しい声でいった。

「……はい」

 僕は口をとがらせるだけだった。


 午後からカリーヌの家にお邪魔していた。

 いつものように玄関から入って、庭にあるテラス席に行く。

 今日はカリーヌとレティシアの二人だけでなかった。カリーヌと同い年ぐらいの男が二人いた。

「シオン。いらっしゃい」

 カリーヌはいつものように微笑んでいた。

「こいつが、ランプレヒト公のところのシオンか?」

 貴族にしては服を着崩しているラフな男の子がいった。

「初めまして、シオン・フォン・ランプレヒトと申します。よろしくお願いします」

 僕は右足を引き、右手を胸にして頭を下げた。

 貴族の礼をすると、イスが動く音がした。

 僕が頭を上げると、端正な顔立ちの美男が立ち上がっていた。

「初めまして。私はエトヴィン・ラ・ニーラントという。今回、無理を聞いてくれて助かる」

 男は貴族の礼をした。

 カリーヌがいっていた呪われた魔剣を抜いた男のようだ。だが、呪われている気配はなかった。

「堅いな。子供同士なんだから、そんなことするなよ」

「アルノルト。第一印象は大事だ。変な風に思われたら、払拭するのは困難だぞ」

「相変わらず、難しいことを考えているな。あっ。オレはアルノルト・ディ・ファイネンだ。よろしくな」

 アルノルトは満面の笑みでいった。

「よろしくお願いします」

 僕は笑顔で返した。

「それで、こいつは呪われているのか?」

 アルノルトはエトヴィンを指した。

「見た感じ、呪われていません。念のため浄化の魔術で反応を見る予定です。すぐにしますか?」

 僕はエトヴィンを見ながらいった。

「立ったついでだ。お願いする」

 エトヴィンはいった。

「わかりました。……では、サンライト《陽光》」

 僕は魔術名をいって、無詠唱で浄化の魔術を放つ。

 光る粒がエトヴィンの頭から足の底まで光で染めた。

 僕は手ごたえを感じなかった。

 呪われていないようだ。

「浄化の魔術では反応ありません。呪いはないと思います。それでも、不安なら導師に相談しますが?」

「いや。必要ないだろう。呪いの魔剣は触っても問題ないと聞いている。アルノルトが心配し過ぎたんだ」

 エトヴィンは友人のお節介に苦笑いをしたようだ。

 エトヴィンは呪われていないのを確信しているようだ。だが、今回の依頼は友人を安心させるためのようだ。

「でも、あれは使い手を殺すんだろ? そんなのに触って大丈夫なのかよ?」

 アルノルトは不満そうにいった。

「だから、何度もいっただろう。剣を振らなかったら傷つかないと」

 エトヴィンはあきれていた。

「そうか。お前の親父さんにいったら、心配して魔剣を貸してくれたぞ。調べるといったから」

 アルノルトは空間魔術がかかっている魔道具の袋から長方形の箱を出した。

「ちょっと。やめてよね。そんな危険なものを出さないでよ」

 レティシアは責めるように目を細めた。

「でも、現物を見る方が早いだろ?」

 アルノルトは避難の目も気にしないで、箱を開いてみせた。

 そこには深い紺色の剣が収まっていた。魔剣というに相応しい厳つさがあった。

 剣は呪われているといっていたが、その気配はない。おそらく、聖剣と一緒で魔力を流すと、何かしらの魔術が発生するのだろう。

「呪われているか?」

 エトヴィンは僕にきいた。

「いえ。その気配はないです。使わなければ問題ないと思います。それと、忠告ですが、剣に魔力を流さないでください。たぶんそれで何かしらの攻撃が出ると思います」

「それなら、魔力を流してみるか」

 アルノルトは剣に触ろうとした。

 エトヴィンはその手を取ってやめさせた。

「この剣は巨大な攻撃と共に自分を傷つける。魔力を流すのなら、暴発して庭を焼き、持ち主を傷つけるんだ。死ぬ気か?」

「だが、試さないとわからないだろ?」

 アルノルトはやめる気配がない。

「アルノルトさん。やめてくれませんか? 僕は犠牲になりたくありません。聖剣でも扱いは慎重なのです。魔剣ならそれ以上の危険があります。聖剣でも魔力を流すと、勝手に攻撃が発生するのです」

 僕はアルノルトの危機感のなさが危ないと思った。

「その話だと、聖剣を触ったのか?」

 エトヴィンはいった。

「はい。騎士団長の聖剣を握らせてもらいました。その時、魔力を吸われて攻撃が発生しました。その時はさやを傷つけただけですが、危険なのは変わりありません」

 僕が説明するとアルノルトとエトヴィンは顔を見合わせた。

「やめとくのが賢明だ」

「そうだな」

 アルノルトはいそいそと魔剣をしまった。

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