第83話 喪失
導師は三日で義手を完成させた。そして、目の下にクマを作っていた。寝ずに頑張ったようだ。
僕はそんなにして頑張ることはないと思ったが、導師の心は違うようだ。
導師は約束をちゃんと守った。その義理堅い性格に驚きと共に感謝した。
「ありがたく使わせてもらいます」
僕は嬉しかった。
「ああ。だが、違和感はあるだろう。今日一日着けて、ちょっとでも違和感を感じたら、いえ。調整する。……遠慮するなよ」
導師は僕の心を見透かしていた。
導師がいわなかったら、ガマンしていただろう。
「はい。良くても悪くても夕食の時に報告します」
僕の顔に苦笑いでゆがむのを感じた。
「そうしておくれ」
僕は義手の上からする手袋を着けた。
庭に出て槍を出して振ってみる。何度も型を繰り返す。
やはり、義手は馴染みそうもなかった。調整ができていない。
だが、今は導師を休ませたかった。
導師は疲れて寝ているからだ。
僕は鈍った体を直すのに槍を振り続けた。
夕食後に義手の調整をしてもらった。そして、いつも通りの生活に戻った。
午前は家庭教師に勉強を習い、午後はカリーヌの下に魔術の家庭教師とダンスの生徒になりに行った。
相変わらず、カリーヌの家はゆっくりと穏やかな空気に包まれていた。
庭のテラス席で紅茶とケーキをもらって食べていた。
「それで、シオンは龍に勝ったんでしょ?」
レティシアは怒るかのようにいった。
「そうですよ。自分の呪いで死にかけていました。ですが、龍は龍です。強かったですよ」
僕は紅茶の匂いを楽しんだ。また、新しい茶葉を持ってきたようだ。香りが違った。
「……それで手を失ったと聞いたわ。……本当?」
カリーヌはおずおずときいてきた。
「はい。片手ですが。まあ、それで済んだので良かったです」
僕は手袋で隠している左手を見せた。
「良くないわよ!」
レティシアは怒鳴る。そして、立ち上がった。
「手を失って喜ぶ? そんなことできないわよ」
レティシアは本気で怒っていた。
「ですが、龍とは上位種ですよ。本来なら勝てない相手です」
僕はレティシアを見上げた。
「それでもよ」
「レティシアちゃん」
カリーヌの言葉が間に入った。
レティシアは顔を背けて勢いよく座った。
「シオン。手を見せて」
カリーヌは静かにいった。
僕は左手を出した。
カリーヌは優しい手つきで、僕の手を取って手袋を脱がした。
無骨な義手が現れた。
カリーヌは義手をほほに当てた。
「もっと、自分を大切にして。シオンは自分を捨てているように見えるの。だから、捨てないで。私たちは友達よ。だから、手だけといっても、失ったら悲しいわ」
カリーヌは泣いていた。
「ごめんなさい」
僕はこの二人には謝ってばかりだ。
僕は僕の気持ちをはっきり感じない。無視しているといっていい。だから、二人を傷つけた。僕の考えは浅はかだ。
だが、龍との戦いに無事で済ませる方法はなかった。だから、手を失ったのは間違えとは思っていない。
ただ、僕が僕の心を無視しているのが、二人には許せないようだった。
「ごめんなさい」
僕は二人に謝ることしかできなかった。
「……別に気にしてないわよ」
レティシアは怒っている。だが、いいたいことがあるらしい。
「再生の魔術があるらしいわね。ちまたで流行よ」
レティシアはほほを膨らませながらいった。
「それは導師が関係しているかと。龍の長から再生の魔術の本をもらいましたから」
「それなら、手は治るの?」
カリーヌは僕の手を握ったままいった。
「まだ、わかりません。失った魔術らしく、中身は読めない言葉で書かれていました。なので、欲しがった導師が持っています」
「そう。でも、希望はあるのよね?」
カリーヌは確かめるかのように僕にいった。
「可能性はありますが、導師がどうやって解読するのかわかりません。治るとしても時間がかかるかと」
「でも、大丈夫。ランプレヒト公爵なら期待に答えてくれるわ」
カリーヌは力なく微笑む。
「そうですね。期待して待ちます」
僕はカリーヌには笑っていて欲しかった。
「うん」
カリーヌは笑顔になった。
笑顔になったカリーヌと仏頂面のレティシアと別れて、城にある騎士団の練習場に顔を出した。
アドフルは待っていたのか、すぐに僕の前に来て片ひざをついた。
「この度のご活躍は聞き及んでいます。ですが、手を失くしたとウワサで聞きました。本当でしょうか?」
アドフルの声は真剣なものだった。
「はい。左手を失いました。今は義手です」
僕は紳士な姿に答えた。
「そうですか……。ちまたに再生の魔術の話を聞きます。ご存じですか?」
「はい。再生の魔術の本を龍族の長からもらいました。なので、導師が動いていると思います」
再生魔術の話がここまで伝わっているのは、導師は意図的に広げている可能性がある。だが、調べるすべは持っていない。
「それでしたら、手は治るのでしょうか?」
「まだ、わかりません。僕もその本を見ましたが読めませんでした。なので、復元するには時間がかかると思います」
「そうですか。力になれず、申し訳ありません」
「いえ。心配させてすみません。僕はもう大丈夫です。ですが、今日は義手の調整に付き合ってください。本気で打ち合うには違和感がありますから」
「はい。わかりました」
僕とアドフルは軽く打ち合って、その日の練習を終えた。
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