第81話 続戦闘

 僕は標的になった導師の前に立って、なくなった左手でシールドを張った。

「シオン。その左手は?」

 導師の動揺した声が聞こえた。

「攻撃してください。治療は後です」

 導師はやるべきことを思い出したのか龍に攻撃した。

 龍相手に並の魔術では相手にならない。ドラゴンブレスを放つしかなかった。

 お互いにドラゴンブレスでの攻撃。だが、龍も防御膜で耐えていた。

 力比べが続く。それは終わりのないマラソンンをするようなものだった。

 百近くの防御と攻撃を繰り返すと龍は沈黙した。

 龍はドラゴンブレスを放てるほど力はなくなったようだ。元々、死にかけていたのだ。力は元気な龍と違ってないはずだった。

 僕は力なく沈黙する龍に近づいた。

 体は僕と導師の攻撃でうろこがはげている。そして、皮ふは破れ肉が焦げていた。

 龍は顔をあげて僕を見る。敵意はなかった。もう、力を振り絞って残りはないようだ。

『終わらせてくれ』

 龍にいわれ、僕は杖にドラゴンシールドの力で刃を作った。そして、龍の首に杖を振るって首を飛ばした。

 龍の切れた首から血が噴水のように飛ぶ。

 僕は血まみれになった。血が口に入る。人間と同じく血は鉄の味がした。だが、僕は目を離さない。まだ、戦いの途中だ。体には気配が残っている。

「シオン。もういい」

 導師は僕の肩に手を置いた。

「残心です。まだ、戦いは終わっていません」

 そういうと、導師は僕の肩に手を当てたままで背後に立っていた。

 やがて、噴水のような血は止まり、龍から心臓の鼓動は止まった。

「もう、いいだろう」

 導師の声は弱々しかった。

 僕は息を吐いた。全ては終わったと確信した。

「シオン。その手は?」

 導師が僕の左手をなでる。そこには手がなかった。手首で切れてなくなっている。意外なことに切断面は皮ふで覆われていた。

「相手は龍です。これぐらいで済んでよかったかと」

「バカをいうな。私はこんなこと許さん」

 導師は勝ったのに喜ばなかった。

「ですが、龍を相手にしたんです。犠牲があっても不思議ではありません」

「それでも、私は……」

 導師は僕の左腕も持ちながら泣いていた。


 終わったのがわかったのか、僕たちを運んだ龍が空で旋回していた。

 そして、龍には狭い渓谷を降りて、僕たちのところに来た。

『龍の血を飲め。さすれば体力は回復する』

 先頭の龍はいった。

『シオンの手は戻らないのですか?』

『それは長老に聞かねばならない。だが、期待するな。再生の魔法はあったが、今では失われている』

『そうですか……』

 導師の落胆ぶりは異常だった。

 ひざを落として、涙を流したからだ。

 僕は足元の龍の血をすくって飲んだ。

「導師。まだ終わっていません。回復してください」

 導師の視線が僕に刺さる。

「……お前は平気なのか?」

「いえ、覚悟をしていただけです。戦いとは相手を壊すのが、本質を考えています」

「だからといって、納得できないだろう?」

 導師の言葉は弱かった。

「僕は傭兵になると思っていました。だから、体と命を失うのは当然と思っています。生き残ったのがうれしいですよ」

 僕は笑ってみせた。

「そんな覚悟で望んでいたのか?」

「はい。そうですよ」

 僕にとっては当たり前だった。

 一度、死んだ反動なのか、死は身近であり、死ぬ時は死ぬと思っている。

「すまん。私の考えは甘かった。すまない……」

 導師はひざを着いたまま、僕の左腕を離さず泣いていた。

 僕は導師に何もいえず、ただ泣くのを見るしかなかった。

『すまないが、早く龍の血を飲んで欲しい。それから空き瓶があれば、血を入れるように』

『龍の血は人族に何の効果があるんですか?』

 僕は疑問に思ったことをきいた。

『不老長寿になる。龍が人族に狙われる理由だ』

 龍の言葉に納得した。龍は人族にとって有意義な存在だ。うろこや牙だけで強い防具や武器になる。そればかりか、血を飲めば不老長寿になる。欲しがる人間は多いようだ。

「すまない。まだ小さいのに寄りかかってしまった。私は私のするべきことをする」

 導師は覚悟を決めたようだ。以前のような迷いはない。

 だが、その前にやることがある。僕は導師が歩きだそうとしたのを止めて、龍の血を飲むようにいった。

 僕は空間魔術でポーションを取り出す。そして、中身を捨てて空き瓶にする。そして、龍の血を入れる。僕は全てのポーションのビンに龍の血を入れた。


 迎えの龍は呪われた龍のいた渓谷の一部を破壊した。

 後腐れがないようにしたらしい。残っている龍の血を欲しがって争う可能性がるからだ。

 亡骸は先に別の龍が掴んで運んでいた。そして、龍の墓場に埋葬するらしい。殺されて呪いが解けたので、今は普通の龍と同じようだ。

 僕と導師は龍の手に乗って、龍の浮島に行った。

 いつものように龍たちに囲まれる。そして、僕たちは長老に報告をした。

『小さき子にはすまないことをした』

 長老は僕に謝った。

 その代りなのか、再生の魔術の書物をもらった。これはなくなった体を再生する方法を書かれているらしい。だが、今では失われた魔術の書物だった。

 僕は受け取って開いたが、何が書かれているのかわからなかった。

「シオン。私にそれをくれ」

 僕には読めないので導師に渡した。

 導師の目は泣いていない。そればかりか希望に燃えているようでもあった。

 その後はいつも通り、龍の手で正門に帰り、宰相と話して王に報告する。

「大儀であった」

 王の労いの言葉を聞いて家に帰った。

 僕はノーラに着替えを手伝ってもらった。そして、着替えるとベットに飛び込んだ。

 今日一日は大変だった。僕はその日を振り返ることなく眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る