第六章 ドラゴンスレイヤーと詠唱化
第76話 ドラゴンブレス
「新しいお菓子の記憶を教えてください」
僕はノーラに詰め寄られていた。もう一人のメイドのマーシアも無言で圧迫してくる。
ノーラは僕が前世の記憶を持っていることに、ようやく気付いたらしい。
そして、求めたのはお菓子の情報だった。
ノーラらしい欲求だが、前世が男だった僕には、お菓子の作り方など流し読みでしか知らない。自炊はしてもデザートは作らなかった。なので、こんなお菓子があったと教えるだけだ。
アメの作り方を知っていたので、ノーラには教えた。
砂糖を水で溶いてフライパンで熱し、色がついたら型に入れる。すると、甘いだけのアメができた。
僕が作っている時、ノーラは感心しながらも、砂糖を使い過ぎると恐れていた。だが、一度、口にすると、ノーラは火がついた。そうなったノーラの行動は誰にも止められなかった。
導師に許可を得るために、僕は厨房でアメ作りを手伝わらせた。
イチゴやリンゴをアメでくるんだりした。他にもジュースを入れた柔らかいアメも作った。
そして、ノーラが満足できるいちごアメができると、導師の下に運んだ。
「ご賞味ください。そして、もっと砂糖をください」
ノーラは王に献上するようにアメを出していた。
「アメなら売っているだろう。何で、自家製なんだ?」
導師は不思議そうにいった。
ノーラはハッとして面を上げた。
「……私は小さい頃に買ってもらえなかったのです。なので、忘れていました」
ノーラの顔は青くなった。
「そうか。まあ、いちごアメは美味しい。この柔らかいアメもな。茶うけに作ってくれ」
「はい」
ノーラは喜んで厨房に下がった。
「逃げるぞ」
導師は僕の勉強部屋に来ると、そういった。
午前中の魔法陣の組み方を習っている最中だが、導師には関係はなかったようだ。
僕を掴むと転移する。出た場所はカリーヌのいるジスラン宅だった。
「やあ。大変だね」
急な訪問だが、ジスランは嫌な顔をせずに迎えて家に入れてくれた。
「ああ。あんなに来るとは思いもしなかった」
導師はため息交じりにいった。
僕にはわけがわからない。だが、導師は僕を連れてジスランの家の中に入った。
応接室でお茶を出された。
「どうするんだい?」
ジスランは導師にいった。
「今は逃げる。数が多すぎるからな。それに宰相にいってやめさせる。もちろん、学びの場をもうけるが」
導師は息を整えるように紅茶に口を付けた。
「うん。そうだね。でも、ドラゴンブレス《龍の咆哮》を欲しがる貴族は多いだろう。詠唱化は必須になると思うよ」
ジスランの考えはわかった。
ドラゴンブレスは強力だ。欲しがる魔術師や貴族はいるのはわかった。
「それができたら、こんなことにはなっていない。あれを詠唱化するのは、四つの呪文を一緒に唱えるようなもんだ。無理だね」
導師は嫌がるようにいった。
「でも、シオン君も追っかけられるよ」
ジスランは僕を見てからいった。
どうやら、僕と導師はドラゴンブレスを教えて欲しい魔術師や貴族に追われているらしい。だが、僕は貴族に追いかけられても転移で逃げるだけだ。逃げ切る自信はあった。
「シオンは幼い。詰め寄れば騎士団が排除してくれるはずだ」
導師はそういうが僕のところに来て揉めるのは簡単にわかった。
「でも、騎士団は君まで守ってくれない。君は貴族であり、大人としての責任があるからね」
ジスランは導師にクギを刺した。
「ああ。覚悟している。城で教鞭を振るうことになるだろう。まあ、すぐに終わると思うけどな」
「まあ。今日はこの家でゆっくりするといい。僕は仕事があるから相手をできないけど、ロズリーヌは手が空いている。カリーヌは残念ながら勉強中。だから、シオン君にはガマンしてもらいたい」
突然、お邪魔したのだ。こうして、もてなしてくれるだけありがたかった。
導師が宰相に頼んだのか、屋敷に押しかける貴族や魔術師は少なくなった。
今では門番で抑えることができていた。
その代り、導師は午前中は城で教鞭をとることになった。
僕は日常を取り戻した。
そんな時、過去の魔術の先生であるマールこと、マルギット・ボーストレームから手紙が来ていた。
執事のロドリグは誰か知らないようなので、僕に確認を取っていた。
「平民だった頃の魔術の先生です。傭兵をしています」
僕の答えに執事はうなずき手紙を渡された。
僕は封を切ると内容を読んだ。
マールは相変わらず傭兵として働いているらしい。この前はワイバーンを倒したようだ。マールは元気に活躍しているようである。
しかし、読み進めているとマールもドラゴンブレスを習いたいようだった。
マールでもドラゴンブレスは欲しいようだ。
僕はペンを取って返事を書いた。もちろん、ドラゴンブレスのやり方もだ。
マールにとっては思ってもみない伝手なのかもしれない。だが、僕はマールが元気なのが素直に嬉しかった。
導師の教鞭の仕事は緩やかに静かに終わった。
理由は難しすぎるかららしい。
四大属性を二つでも同時発動は難しいようだ。それが四つとなると、難しいを越して不可能に近いようだ。
教鞭を振るう度に生徒は減っていって、いるのかいないのかもわからない状態になった。
導師も演習をして見せるのだが、無詠唱を当たり前ではない魔術師には、遠くの出来事のように見えたようだ。
導師は終わったのがよかったのか、疲れてうなだれていた。
導師にとって忙しい日々だったようだった。
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