第64話 本心

 僕は導師の書斎にいった。そして、ドアをノックした。

「入れ」

 いつものように導師の声が聞こえた。

 僕はドアを開けて中に入った。

 導師は僕の顔をちらりと見た。

「相談事か? 何だ?」

 導師は僕の顔で悟ったようだ。筆を止めた。

「聖霊が槍の稽古を理解できずにアドフルさんを攻撃しました。僕は後から説明して何とか収まったのですが、また、なにかあると不安です」

 僕はぼそぼそといった。

「……それはしょうがないな。聖霊は小さな子供と一緒だ。人族のルールを知らん。少しずつ教えていくしかない」

 導師の解決策は理解できた。しかし、問題はある。人が死んでからでは遅いからだ。

「ですが、今のままだと皆が離れると思います」

 僕は不安だった。親しくなったのに、聖霊のせいで離れることになるのが怖かった。

「それなら、それだけの関係でしかなかっただけだ。そんな関係なんか捨ててしまえ。本当の関係は助け合うものだ。それをしないのなら、そこにはお前のいるべき場所ではなかっただけだ」

 導師は相変わらず強い。僕にはない強さだ。羨ましく思う。だが、僕は怖い。だから、沈黙した。

「皆の全員に受け入れられると思うな。十人いたら二人にしか好かれない。そして、他の二人には嫌われ、その他はどうでもいい関係だ。友達を選べ。本当に自分を大切に思ってくれる人を助けろ。それ以外はどうでもいい。わかったか?」

 僕は導師の目を見れない。視界には足元しかない。

「……僕はそこまで強くなれません」

 僕はそういうのがやっとだった。

「その聖霊はちょうどいい検査薬になるだろう。そいつも連れても、前と同じく接してくれる人間が、お前の大切にすべき人間だ。手放すなよ」

 そんな優しくて強い人は僕の友達にならないだろう。僕は臆病だ。そんな僕と友達になるのは同じ臆病な人しかいない。だが、臆病なので友達でいる可能性はない。

「……はい」

 僕はそう答えたが、納得はできていない。怖いのは変わらなかった。


 翌日、カリーヌの家に訪れた。

 相変わらず、頭の上に聖霊が乗っている。それに苦笑いするのは夫婦そろって一緒だった。

「遅いわよ」

 レティシアは少し怒っていた。

「すいません」

 そういったものの僕の気分は沈んでいた。

「どうしたの?」

 カリーヌに心配された。

 僕は詰所で起きたことを話した。

「子供をいじめている罰よ。天罰でしかないわ」

 レティシアは怒っていた。

「まあ、やりすぎだっていう話は回っていたからね。レティシアがそういうのはわかるわ」

 カリーヌは僕の槍の練習の話を知っているようだ。

「まあ、これで槍の練習をやめれば、ただのいじめでしかなかったということよ。でも、それでも稽古をつけるなら本物ね」

 レティシアはまだ九歳にしては悟っていた。

「そうなんですか?」

 僕にはわからない判断だった。

「そうよ。自分が損をしても付き合う人間はいない。でも、それをしてくれるのは本当に思ってくれる相手よ」

 レティシアは断定していた。自信があるようだ。

「シオン。レティシアの言葉は本当よ。その場限りの友人なら、そんなことはいわないわ。だから、自分を信じて。そして、見極めて。自分の友達を」

 カリーヌは僕の手を取って握っていた。そして、僕を見る目は澄んでいた。


 僕は城の詰所に行った。

 詰所に来ている衛兵の数は少なくなっていた。だが、アドフルは待っていたようだ。

 感電によるケガがあるにも関わらず木刀を持っていた。

「何をしている。今日もすぐに始めるぞ。聖霊をイスに置け」

 アドフルはいつものようにいった。

「はい」

 僕は聖霊をイスに置いて、喜んで木の棒を構えた。

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