第56話 勇者
「カリーヌ様。勇者って、人族にとってどんな存在なんです?」
カリーヌの無詠唱魔術の練習と僕のダンスの練習に家に訪れていた。
そして、庭のテラス席で紅茶を飲みながらお菓子をつまんでいる。
「貴族にとっては敵でしかないわ。暴力を盾に金とか貴重品を奪っていくからね」
カリーヌは鼻息を荒くしていた。
勇者はここでも嫌われているようだ。
「突然、勇者の話が出たけど、何なの?」
遊びに来ているレティシアはいった。
「勇者が貸しを作ろうとしているんです。今度行く調査の遺跡にいるようです」
僕は答えた。
「えっ? 勇者が出たの? 嫌だわ。この国に関わらなければいいけど……」
「あれ? レティシアは知らなかったの? 今、この国にいるから貴族の皆は警戒しているわよ」
カリーヌはいった。
「それでお母様やお父様はピリピリしていたのね。嫌だわー」
「ランプレヒト公爵もピリピリしているの?」
カリーヌは僕にきいた。
「まあ、そうですね。今度、遺跡の調査で勇者と会わなければならないので」
「それは災難ね。同情するわ。でも、勇者と仲間には心を許してはダメよ。勇者は強いだけでなく魅力があるから。人族を戦争に向かわせる。それだけの求心力があるからね」
カリーヌの忠告に僕はうなずいた
普段、無防備な僕は勇者に会わない方がいいらしい。取り込まれる可能性が高そうだ。
僕は導師に頼んで状態異常を防ぐ魔道具を頼んだ。
導師はすでにいくつも用意していたようだ。話すと同時に渡された。
僕はその魔道具に魔力を流して調べた。すぐに魔道具を理解して魔術として出せるようになった。
僕はそれを身体向上の魔術と組み合わせて、常時発動しているようにした。
それでも、お守りとして魔道具は持っていくのだが。
当日の移動は馬車だった。
今回も導師のお付きは僕とノーラだった。
「シオン、ノーラ。くれぐれもその魔道具を手放すなよ」
導師は状態異常の魔道具を指した。
導師でも不安があるようだ。
「わかっています。もう、知らない貴族のお菓子はもらいません」
ノーラはいった。
「わかっているなら、それでいい。だが、油断するな。勇者は敵だからな」
「はい」
ノーラはうなずいた。
ゲートを通り遺跡に移動した。
前は気づかなかったが、岩肌に囲まれて天然の要塞みたいだった。そこにクレーターが一つある。そこで兵器が爆発したようだ。
馬車が止まった。現地の人間に止められたようだ。
導師は扉を開ける。すると、一人の女性が顔を出した。もういい年のおばさんだった。
「何か?」
導師は尋ねた。
「ランプレヒト公爵様でしょうか?」
「そうだが?」
「なら、助けてください。勇者たちが遺跡の物を起動させようとしています」
導師はそのおばさんに手を伸ばした。
「話は馬車の中で聞く」
おばさんは導師の手を取って馬車の中に入った。そして、導師の前に座った。
「それで、起動したのか?」
扉を閉めて導師はきいた。
「一度目は起動しました。二回目はまだです。貴族がいないとならないようです」
「それは働きを見せて恩賞をもらいたいということかな?」
「おそらく……」
おばさんはいいにくそうに答えた。
「それで、起動方法は知っているのか?」
「よくわかりませんが、大きな岩のような遺物に雷の魔術を打ち込んでいました。それで、その物体は人型みたいなかっこうになって魔術をばらまきました。それで、何人もの人が死にました」
「それは前の貴族の時の話か?」
「はい。私は古株で発見当初からいます。ですので、他の者より詳しいと思っています」
「それで、その兵器はどうなった?」
「勇者が倒しました。ですが、倒した時に爆発して伯爵様はなくなりました」
「わかった。それを王の前で話せるか?」
「できません。王様と面会するなんて平民の私にはできません」
おばさんは嫌がるように頭を振った。
「だが、必要だ。私の懇意にしている公爵を共につける。それに、これは国だけの問題でない。だから、協力してくれ」
「私が王に面会など、恐れ多くてできません」
「それでも、お前の見た話は貴重なのだ。だから、話してくれ」
「……わかりました。お役に立つのなら……」
おばさんは導師の真剣な顔に押されたようだ。スカートの袖を掴んでうなずいた。
馬車はそのまま反転してゲートを潜り家に戻った。
導師はこめかみに指を指している。コールの魔術だろう。誰かと、連絡を取っていた。
やがて、導師の家に現れたのは、カリーヌの父親であるジスランだった。
導師は馬車を降りてジスランと話し合っている。やがて、ジスランは僕の乗る馬車に顔を出した。
「あなたが、証人かい?」
ジスランは相変わらず変わらない調子でおばさんにいった。
おばさんはうなずいた。
ジスランは手を出した。
「ミセス。私が守る。だから、王に証言してくれ。国にとっては大事なことなんだ」
おばさんはうなずいて、その手に触った。
ジスランは手を引いて馬車から降ろさせた。
「ジスラン。頼んだ」
導師はいった。
「ああ。こっちは任せて欲しい。それより、死ぬなよ。勇者は犠牲を良しとする。それに巻き込まれないように」
「その時は二人を抱えて逃げるさ」
導師は笑ってみせた。
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