第55話 外交

「それと外交よ」

 カリーヌの声は強かった。怒ったといってもいい。

「幼くても龍なのよ。攻撃するなんて外交としては失敗よ。もっと、穏便にできない?」

 カリーヌには僕が龍族との関わり方に不満があるらしい。

「あちらが、一方的に排除しようとするんです。それに長老はわざと自由にさせてますよ。僕が死なないのがわかっているようなので」

「でも、攻撃はいけないわ」

「そうですか? 長老には感謝されましたよ。痛い目にあって、こりただろうと」

 カリーヌは少し考えてから口を開けた。

「……導師はどう思っているの?」

「わかりません。ですが、問題ないといっています。それに幼い龍が人族に復讐するとしたら、まだ力が足りません。少なくとも、もう五十年ほど必要かと」

 カリーヌは頭が痛いのか唸った。そして、確かめるかのように口を開ける。

「シオンは龍を倒せると思っているの?」

「普通なら無理ですね。大人になった龍の防御膜を破れませんから。だから、敵にしないように振舞っているつもりですよ」

 カリーヌは息を吐いて、上がった腰をイスに下ろした。

「龍族には龍族の常識があるようね。人族とはズレているわ」

 レティシアはいった。

「……そうね。龍族が人族を滅ぼしてもメリットはない。これはこれで正常な外交なのかな?」

 カリーヌはレティシアにきいた。

「そうね。今まで問題がないから大丈夫と思いたいわ。王にいつもお土産を持たせてくれるようだし」

「龍の牙ね。あんな物、献上されたら文句はいえないわね。国宝になったそうよ」

 僕は龍の牙は国宝になったのに驚いた。

 しかし、国宝になるほど希少な物のようだ。使い道は色々ありそうだが、宝物庫に眠るようだ。

「でも、シオンが来てから退屈しないわね。他にトラブルを抱えていない?」

 レティシアにジッと見られた。

 僕は目線をそらすことで答えにした。

「まあ、それはそれで対処しましょう。だから、シオンは問題があったら、私たちに相談しなさい。ランプレヒト公爵にいえないこともあるでしょうから」

 カリーヌはいった。

 どうやら、二人は二人で僕の心配をしてくれているようだ。

「うん」

 僕はありがたく二人の気持ちを受け取った。


「シオン。遺跡の調査の件は覚えているか?」

 夕食の席で導師はいった。

「はい。誘拐された時のですよね」

 あの時は遺跡を調査する前に、睡眠薬入りのお菓子をもらってさらわれた。今でも、無防備だったと思いだす。

「ああ。その仕事がまた、回ってきた」

「……え? また、あの伯爵に会うのですか?」

 僕は不快というより怖かった。

「それはない。その伯爵は爵位を取り上げれて、家族離散したと聞いている。堂々と、お前を誘拐したからな」

「それで、回ってきたんですか?」

「いや、後ろ盾の公爵が新しく伯爵を派遣したのだが、問題があったようだ。それが原因で後ろ盾の公爵が手放した。そして、王令で私が属する派閥に流れてきた」

「何の問題があったんですか?」

「遺跡は軍用施設だったようだ。それで、不意に自動式の兵器を起動して、大勢の人間が死んだようだ」

「それで、討伐ですか?」

「いや。勇者が現場にいて壊したようだ」

「勇者?」

 僕には理解できない身分だ。前世のゲームの主人公でしかないと思っている。

「ああ。知らないか?」

「絵本で読んだと思いますけど、勇者は最後に死んでハッピーエンドで終わったのを覚えています」

 母に読んでもらった絵本は、勇者と魔王が共に死んで平和になったという話だった。

「知っているか。なら、もう少し詳しく話そう。……勇者とはな、周期的に現れる人族のガンだ。人族と魔族が増えすぎた時に現れる間引き役といっていい。魔族が関係するように、魔族にも間引き役が現れる。魔族は勇者でなく魔王と呼んでいる」

 導師はそこまでいうとワインを飲んだ。

 不愉快な話のようだ。あおるようにワインを流し入れていた。

 僕は静かに耳を傾けていた。

「勇者と魔王の共通点は強さが格段に違う。軍隊で追い返しはできるが殺すことはできない。それほど、規格外に強い。だから、どこの国も顔色をうかがいながらも嫌っている。なぜなら、戦争するのが最終目標だからな。勇者と魔王はそれぞれの種族の間引き役として戦争を起こすんだ。だから、人族と魔族との関係は悪いままなのだ」

 前世の知識では勇者といえばあこがれるような存在だが、この異世界では迷惑な存在のようだ。前世のゲームなら魔族にやられている人族を救うのが勇者だからだ。

「で、問題なのは勇者がこの国にいる。それも貸しを作ってしまった。王はこれ以上は勇者に貸しを作りたくない。それは、この国が兵を出して魔族と戦争することになるからな。それほど、勇者は無視ができない存在なのだ」

「勇者って悪者なんですか? 魔族は戦争したがっているんですか?」

 僕はきいた。

「勇者が悪者か? ……そう割り切れれば困らない。それより、魔族もバカではない。魔王をガンとして認識しているよ。それで、どうやって勇者と魔王を出会わせて潰し合いさせるか、人族と魔族の間で議論されている。仲が悪くとも話し合いは続いているかならな」

 どうやら、勇者と魔王は迷惑な存在のようだ。僕としては平和を壊すのはやめて欲しい。

「他の種族はどう思っているんですか?」

 僕はきいた。

「高みの見物だ。手を出しても損でしかない。龍族でも手を出す気ないだろう」

 身近である龍族は関係したくないようだ。

「それで遺跡の件と、何の関係があるんですか?」

「勇者は、まだ遺跡にいる。貸しを作りたいようだ」

 導師の顔は不快そうだった。

「今は放置していいのでは?」

「ああ。そう進言したいのだが、前時代の軍事施設だ。何が起きるのかわからない。早々に調査して安全を確保したいんだ」

「……もしかして、貧乏くじを引きました?」

「認めたくないが、そうだ」

 導師は顔をしかめていた。

「それで、いつ行くのですか?」

「三日後になる。それまで、荷物をそろえておいてくれ」

 導師はため息のように息を吐きだした。

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