第57話 勇者 2

 再び、遺跡に訪れた。

 そして、導師の指示の下で場所を確保してテントを張った。

 すると、何人かのパティーが歩いてきた。

「こんにちは。ここは貴族のテントで間違いないかい?」

 先頭の甲冑を着た男はいった。

 一目で勇者とわかる。顔は整っていて美形である。どこか人離れした魅力を放っている。普通の女の子なら一目ぼれしても仕方ない。

「どちら様でしょうか?」

 僕はきいた。

「最初に質問したのはオレなんだが?」

「すみません。知らない人に身分を明かすなといわれていますので」

「ほう。小間使いにしては頭があるようだな。勇者といえばわかるだろう?」

「申し訳ありません。わかりません」

 勇者は小ばかにした顔で背後の仲間に顔を向けた。

 そして、失笑が走った。

「まあ、勇者が来たといってくれ。それでわかるから」

「わかりました」

 僕はそう答えて、勇者のパティーを見た。

 勇者以外は普通の人間だ。勇者のような飛び抜けた魅力はない。だが、強いのは雰囲気でわかったが、勇者のように規格外でない。人族としての範囲に収まる強さだった。

「はあ。顔はいいですが幻滅しました。シオン君も貴族なのに」

 ノーラは怒っていた。

「触るな危険の人物ですから、受け流すのがいいと思いますよ。ケンカになったら勝てませんから」

「シオン君でも勝てないのですか?」

 ノーラは意外そうにいった。

 僕が勇者に勝てると思っているのだろうか?

「聞き知った話では特殊らしいですから。人族である限り無理とか聞きました」

「……そうなんですね。私も気を付けます」

 ノーラの気持ちは消沈していた。


 導師はあいさつ回りが終わったようだ。夕食の席では一緒だった。

「導師様。勇者がシオン君をバカにするんですよ。許せません」

 ノーラはまだ怒っていたようだ。硬いパンを握りつぶしている。

「そうなのか?」

 導師は僕にきいた。

「ええ。ただの小間使いとしか見られませんでした」

 僕は野菜スープをかき混ぜた。

「それで何といっていた?」

 導師の目は鋭くなった。

 あのやり取りは危険をはらんでいたようだ。

「勇者が来たといえばわかるといっていました」

「そうか。……それで、シオンはあいつらを、どう見る?」

「勇者は人族として、最大値の力を持っているかと。それに、選ばれた人間のように感じました。その他は強いけど普通の人間です。まあ、龍族と比べたら勇者も人族の範囲に収まりますが」

「まあ、龍族と比べると見劣りするのはわかる。龍族は人族より長寿で強い。知力も上だ。比べる方が無理がある」

「でも、僕を目の敵にしている幼い龍よりは弱いと思いますよ」

「ああ。あの小さい龍か。まあ、あれでも龍族だ。存在としての力が違う。あの龍は殺せるか?」

「うーん。考えたことがなかったです。でも、僕の魔術で死ぬような龍ではないと思います」

「まあ、そういうことだ。それより面倒なのが、カリスマ性があるということだ。人を扇動する。それが一番怖い」

「なるほど。人族にとっては魔族は敵ということになっているんでしたね。戦争を喜ぶ人も多そうです」

「え? 魔族って敵ですよね。人族を滅ぼそうとしていますよね?」

 ノーラは口を挟んだ。

 ノーラはいってから、失言したのをわかって口を手でふさいだ。

「気にするな。そう思っているのは貴族でもいる。だが、真実を知る貴族には腹の中の害虫でしかない。わざわざ、闘ってもいない魔族と戦争しようとするからな」

「そうなんですか?」

 ノーラはいった。

「ああ。過去の魔族との戦争には必ず勇者が関係している。だから、軍事産業以外は嫌うんだ。働き手が減って、食べ物や物の値段が上がるからな」

「そうなんですか……。それで、絵本では魔王と勇者が刺し違えて、二人とも死んで、魔族も人族も皆が喜んでいるんですね」

 ノーラは納得していた。

「ああ。そうだ。だが、勇者をたたえる宗派がある。それが、本当のことを流布するのに障害となっている」

「その宗教は大きいのですか?」

 僕はきいた。

「我が国の宗教は大きく分けて二つある。ダダク教の旧教と新教の二つだ。勇者をたたえているのが新教だ。それも旧教を邪教として排他したがっている。迷惑な宗派だ」

「貴族が金を出さなければいいだけでは?」

 僕はきいた。

 宗教の運営にはお金が必要だ。そのため、大口の貴族がお金を出さなければ貧困で小さくなる。

「昔、旧教から新教に鞍替えする貴族が多かったのだ。王は神から認められたとして、王冠を被せたことがあった。今はそんなことはない。旧教が国教だからな。でも、平民の教育は新教の経典が多いんだ。だから、平民には新教の方が影響力は強い。まあ、少しずつ力を削っているようだが……」

 異世界でも宗教は毒にも薬にもなるようだ。

 僕としては静かに調査が終わって欲しい。だが、それはできないかもしれない。勇者がいる限り、平穏無事には終わりそうもなかった。


 翌朝、朝食を食べ終わると、採掘した遺物を並べてあるテントに入った。

 そこには台の上に、まだ土のついた遺物が並べられていた。

「シオン。解析系の魔術は使えるか? 今まで、教えた覚えがなかったが」

 導師はいった。

「前の時に覚えています。無詠唱でできるようになっています」

「なら、心強いな。それで、何種類できる?」

「通常の魔力による透視。四大属性による解析。音波と電磁波による透視です。四つですね」

 導師は顔をしかめた。

「音波とは何だ? それに電磁波とは?」

「音波は音による検査ですよ。音の反響で内部構造を検査します。主に肉体とかですね」

「電磁波とは?」

「電波や光と同じものです。これで破壊せずに内部を見れますよ」

 導師の顔は難しいものを考えているようだった。

「そんな魔術はない。前世の記憶か?」

「はい。色々、試してみたらできるようになりました」

 導師は頭に手をやった。

「忘れていたよ。最近は大人しかったからな」

 導師はため息を吐いた。

 息を吐くと、遺物に向き直った。

「四大属性の調べ方はわかっているな。それ以外の魔術で調べるな。どんな、弊害へいがいがあるかわからない。それと、私が調べたものだけを調べるように。全部の責任は私だからな」

「はい」

 僕はそう答えて気を引きしめた。

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