第46話 使用人

 導師は考えていた。使用人を増やそうか考えているようだ。

 以前は導師一人だけだったので、問題はなかった。しかし、僕や家庭教師が増えて使用人の仕事の量が増えたようだ。

「メイドを雇おうと思う」

 食事の席で導師はいった。

「私はクビですか?」

 ノーラは泣きそうな声でいった。

「いや、お前の仕事が増えすぎている。もう一人メイドを雇おうと思っている」

 導師の言葉にノーラは安心していた。

「近い内に一人増やすかもしれん。まだ、決まっていないが、そのつもりでいてくれ」

「はい」

 ノーラだけは緊張していた。

 同じメイドが来るのだ。同僚と仲良く仕事をできるか不安でもあるのかもしれない。

 僕としても、家の中の雰囲気に変化があるのは簡単にわかった。


「初めまして。マーシア・ケアニーと申します。縁あってこちらで働かせてもらいます。よろしくお願いします」

 マーシアは頭を下げた。

 導師の友人の紹介らしい。それはノーラと一緒だ。しかし、別の友人の紹介らしい。

 歳はノーラと同じぐらいだった。その歳には当たり前なのか同じように家事全般はできるようだ。

「執事はいないのですか?」

 マーシアは導師にきいた。

「必要ないので雇っていない。私の家は私のわがままで回っている。それに慣れてくれ」

「はい。わかりました」

 マーシアは顔色を変えることなく了承していた。


 僕は厨房に行く。

 そこには二人のメイドがクッキーを食べていた。

「ずるい。僕も欲しい」

 マーシアはお菓子を僕の前に持ってきた。

「はい」

 そして、僕にお菓子が入った菓子皿を渡された。

 僕はマーシアを見る。表情に変化がない。ノーラと反対に感情を表さないようだ。

「……ありがとう」

 僕は思ってもなかった反応にぎこちなく答えた。いつもなら、ノーラの弁明から始まるからだ。

「マーシアさんが来てから、お菓子が解禁されたので嬉しいです」

 ノーラはのん気にいった。

「でも、危険。導師は使用人に緩すぎる。太る可能性が高い」

 マーシアは淡々といった。

 ノーラは心当たりがあるのか、息を詰まらせた。

 僕はノーラのお腹を見る。服の下では大きくなっている可能性は高い。

「シオン君。女性のお腹を見ないでください。それに私は太っていません」

 ノーラはプンプンと怒った。

「でも、時間の問題だと思う」

 僕はいった。

「大丈夫です。これでも、気を付けています。だから、おやつを食べても問題ないのです」

 ノーラに言葉には根拠がない。

 その前にぼりぼりとお菓子を嬉しそうに頬張っている姿は、太った女性の食べ方と同じと思った。


 日々、勉強と稽古に勤しんでいると、簡単に時間は経過していく。

 そんな中、ジスランに頼まれているスロットを作る約束はできていない。

 スロットの機構と紋様がわからないからだ。木を削って試作しているがピンとこない。それに、刻む紋様も勉強中だった。

 導師に相談しに書斎に向かった。

 導師の書斎から家庭教師の二人が出てきた。何か導師と話してらしい。

 二人は僕を見ると頭を下げて通っていった。

 僕は気を取り直して書斎のドアをノックした。

「入れ」

 導師の声が聞こえた。

 僕はドアを開けて中に入る。

「何か困ったことでもあるのか?」

 開口一番に導師にいわれた。

「ええ。ジスランさんに頼まれている。スロットの作り方がわかりません。時計とか機械仕掛けに詳しい人はいませんか?」

 僕は導師にきいた。

「うむ。ジスランの要望か……。紹介できる人間はいるが、紋章を覚えて応用できないと話にならない。その件は、年単位で考えてくれ。ジスランもわかっているはずだ。一度も、催促さいそくされてないだろう?」

「はい。ありません」

 毎日のようにジスランの家で、カリーヌとダンスと無詠唱の魔術を教え合っているが、一度も催促はされていなかった。

「それより、遺跡が見つかった。そして、調査の依頼が入った。お前には付き合ってもらう」

「調査ですか? 何をするんですか?」

 遺跡といわれて思い出したのはピラミッドだ。

 王家の墓でも出たのだろうか?

「最初は魔道具によるトラップの解除と内部空間の調査。空気中に毒とかあったら問題だからな。まあ、ここまでは冒険者が行うため、私たちは確認になる。安全が確保された後は、内部を探索して収穫物の調査になる。ここまで来ると、各専門家の出番となる。私たちは魔道具や魔術が専門となる」

「遺跡とは危険ではないのですか?」

 ピラミッドに入った人間が短い間に死んだというウワサがある。呪いと聞いたが、現代にない未知のウイルスのせいかもしれない。

「確かにそうだが、そこは本職の冒険家に任せてある。私たちが行く頃には危険の排除は終わっているはずだ」

「そうですか。それで、いつ行くんですか?」

「二週間後に旅立つ。それまでに旅の用意をしてくれ」

「……はい。ですが、何をすればいいのかわかりません」

 僕はきいた。

「そうだったな。……やはり必要だな」

 導師は椅子を座り直した。

「シオンは今の家をどう思う?」

 導師は僕を真っすぐ見た。

「昔は家庭的でしたが、人数が少ないので問題なかったです。ですが、人が増えて混乱しているかと。感覚でですが……」

「お前でもそう感じるか……。やはり執事は必要だな」

 導師が執事を必要するとは思わなかった。導師は気楽にやりたいはずだ。だから、昔はメイドが一人だった。

 だが、今のは僕と僕のために家庭教師が常駐している。人が増えすぎていた。

 僕は導師を見た。

「そう心配するな。家を空けるんだ。留守番が必要だろう。それに、今まで我がままをいっていたのは、私の方だ。公爵のくせに執事もいない。今までが普通ではなかったんだ。……まあ、家庭教師にいわれるまではっきりとわからなかったんだ。家長としては失格だな」

 導師の顔に影が差した。

 先ほどの家庭教師の二人は苦言をいったようだ。

 相手は導師とはいえ公爵だ。機嫌を損ねて辞めさせられる可能性はあった。それでも、進言したようだ。

「僕が来たから変わったんです。なので、導師のせいではないです」

 僕はいった。

「気にするな。私はお前を気に入って招いたんだ。そして、その責任をちゃんと果たせていない。それが問題なんだ」

 そういわれると僕は何もいえなかった。

「近々、執事を雇う。これは、メイドのマーシアを雇う時に一緒に紹介されたんだ。運が良ければすぐに来るだろう」

「……はい」

 僕はそう答えるしかできなかった。

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