第45話 魔道具

 魔道具の授業が始まった。

 僕としては嬉しいが、授業内容が難解なので困った。

 予習として、魔道具に関する本は読んでいる。だが、幾何学模様の紋様にいくつもの意味があり、それを並べたり、重ねたりして紋様を作る。そのため、同じ魔術でも何千パターンの方法が存在する。

 僕の頭はすぐに満杯になった。

「導師は魔道具をどうやって作るんですか?」

 僕は導師に助けを求めた。

「複雑に考えなくていい。全ての紋様を覚えても意味はない。紋様の力は重複しているからな。だから、必要な紋様だけを覚えて使えばいい」

「必要な紋様って何ですか?」

「それなら、私が参考にした本を渡そう。後で、ノーラに部屋に持っていかせる」

 僕の部屋に置かれた本は二冊だった。しかし、厚い。辞書が二冊あるようなものだった。

 僕はそれを見て挫折を感じた。

 だが、導師はこれを読んで勉強したのだ。同じことをできなければならないと思う。

 本をよく見ると付箋がしてある。それはかなりの数が挟まっていた。

 その一つを見る。そして二つ目を見る。いくつもの頁を見ると理解できた。

 どうやら、必要最低限の紋様のページに挟んであるようだ。

 僕はしおりの数を数える。二冊で百はない。これなら、僕でもできそうだった。

 僕は家庭教師にならう前に自習して、先に習いたい紋様を選択した。そして、先に質問をして僕が覚えたい紋様を教えてもらうように誘導した。

 

「魔術紋章の勉強に熱心です。それは他も同じように熱心になって欲しいです」

 食事の席で家庭教師のギードはいった。

 僕は紋章の勉強を最低限にするために頑張っているだけだ。辞書を二冊も暗記する気はない。

「そうかもな。だが、得意分野と不得意分野はある。不得意分野は最低限で構わない。だが、得意分野は伸ばしてくれ。それが生きていくための武器になる」

 導師は静かに答えた。

「はい。わかりました。そのように取り計らいます」

「頼む」

 食事の席ではノーラさえ静かだった。


「おやつー」

 厨房で僕はノーラにねだった。

 ノーラは食事の用意で忙しいのだろう。僕を見ながらも手は鍋をかき回していた。

「干し肉はありません」

 ノーラはきっぱりと断った。

 以前に干し肉を盗んだ前歴がある。だから、今でも怒っているようだ。

 だが、僕は不服だった。

 導師にはおやつを与えるようにノーラはいわれているからだ。

「だったら、干し芋があるでしょ?」

「ありません」

 ノーラは顔を背けた。

「なら、何で、窓に芋が吊るしてあるの?」

「あれは作っている最中です」

 ノーラは言葉は動揺していた。視線は逃げていた。

「でも、導師とか食べているとは聞いてないよ?」

「何のことやら」

「ノーラだけが食べていると考えると納得できるんだけど」

 ノーラは顔を背けて僕から逃げている。

「使用人が、勝手に作って食べているとしたら問題だよね。それも、養子とはいえ公爵の子にあげないで一人で食べている。導師が怒っても仕方ないよね? では、さようなら」

 僕はきびすを返した。

 しかし、ノーラの手が肩を掴んで離さなかった。

「シオン君。私はまだ育ち盛りなんです。だから、おやつは必要なんです」

 その声は言い訳にしては低く怖かった。おどしのようだった。

「でも、導師に断りもなく、おやつを作って食べているのはいけないことですよ?」

「半分。半分、分けますから黙っていてください。おやつを食べないと死んでしまうのです」

 ノーラは泣き落としにかかった。

「いや。半分どころは普通に渡すのが使用人でしょう? 元々、ここにある食材は導師が買ったのですから。何で駆け引きをしているんですか?」

「私が解雇されたら、どこに行けばいいのかわかりません」

「いや。普通におやつを僕に与えればいいだけの話です。そんなにおやつを独り占めしたいんですか?」

「違うのよ。これは使用人としての矜持きょうじなの?」

 ノーラの思考は崩壊を始めているようだ。

「理解できません」

 僕は怖くても拒否した。

「わかりました。とっておきのおやつを出します。それで、黙ってください」

 ノーラは食器の引き戸から干し肉を出した。そして、僕に名残惜しそうに渡した。

 僕はノーラを軽蔑けいべつの目で見る。

 ノーラはとってはとっておきのおやつのようだ。

「これ以上は勘弁かんべんしてください」

 ノーラのいいようだと、まだ、何かを隠しているようだ。

 探してもいいが、今のノーラを刺激するのは怖かった。

「私も欲しいな」

 導師が顔を出した。

「何で、導師が?」

 僕はいった。

 厨房に導師が現れることはない。普段は魔道具のベルを鳴らして呼ぶからだ。

 ノーラは固まって動かない。思考は止まっているようだ。

「ちょっとうるさかったので来た。……まあ、ノーラも腹が減るのなら食べてもいいが、シオンにも出せよ。それと、今までいわなかったが、お茶の時間に甘いお菓子をくれ。紅茶だけでは寂しいからな」

「はい!」

 ノーラは飛び上がるように返事をした。

「使用人として頑張らせてもらいます!」

 ノーラは大声でいうと頭を下げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る