第44話 完成

 浮遊の魔術の詠唱化はできた。だが、不満だった。

 できた詠唱の呪文は情けなかった。

「初元にして終わりを司るマナの命よ。我が声に答え給え。我を縛り付ける力から解放したまえ。そして、我に力を与えよ。上は下に。右は左に。我は自由なり。フローティング」

 何度、口にしてもカッコ良くない。

 それが不満だった。

 しかし、これで浮遊の魔術は使える。まだ、やり直しかったが、言葉のセンスのない僕に求めても無理な話だった。

 導師の書斎に行く。そして、ノックをして中に入った。

「どうした?」

「浮遊の魔術の詠唱化ができました」

 僕はおずおずと紙を差し出した。

 導師は僕の態度を見ても気にしなかった。

 そして、受け取ると目を通す。

「なるほど。早速、試そう」

「ですが、危険ですよ。落下の可能性があります」

「それなら、浮遊式のスケートボードで対処する」

「それで、構いませんが、魔力を多く必要とします。最初は腰より低く浮いてください」

「心配なのはわかった。約束する。では、実験場に行こうか?」

 導師の転移の魔法で荒野に飛んだ。


 導師は空間の倉庫からスケートボードを出した。

 そして、それに乗ると、紙を見ながら呪文を口ずさんだ。

 導師の体は宙に浮いた。ボードは足から離れた。

 僕はあわてて、ボードを持つと宙に浮いた導師に渡した。

「なるほど。これは面白いな。お前が横になって浮く理由がわかる」

 導師はフワフワと浮かんでいた。

 時折、上がったり下がったりしている。前後左右にも動いていた。

 しばらくすると、導師は地面に降りた。

「なるほど、この呪文だけで飛行もできるな。浮遊だけに留まっていない。だが、魔力が切れた時の対処が必要だな」

「はい。ですが、魔力を貯蓄するのは禁忌なために、安全な魔道具を作れません。高所での魔力切れは死と同じになります」

「そうだな。まあ、これはこれで申請しておこう。ただし、注意書きを付けてな」

「はい」

 後日、導師は特許を申請したようだ。

 もちろん、注意書きが添えてある。

『安全装置の浮遊の魔道具を身に付けること。

 腰よりも高く浮かばないこと。

 魔力切れになる前にやめること』

 以上の注意書きが足された。


 僕は癒しの地であるカリーヌの家にお邪魔していた。

 ダンスの練習があるが、その他は紅茶を飲んで過ごすゆったりとした時間だった。

「ねえ。浮遊の魔術を手に入れた?」

 レティシアは興奮していた。

「浮遊の魔術?」

 カリーヌは対照的に冷静だった。

「あの魔術、面白いのよ。魔力は使うけど浮遊感はクセになるわ」

 レティシアは興奮が収まらないようだった。

「シオンは知っている?」

「ええ。ウチが作りましたから。でも、導師は最近、申請したはずです。何で知っているんですか?」

 僕は広まるには早すぎるのできいた。

「本当?」

 レティシアはバックをあさって紙を出した。そして、紙に書かれた内容を読んでいた。

「シオンの名前がある。何で?」

 レティシアは意外だと僕にきいた。

「だから、ウチで作ったんです。名前がのるのは仕方ないんです」

「ランプレヒト公爵の名前が載るのはわかるわ。でも、シオンまで名前が載っているのは、何で?」

 カリーヌは冷静にだった。

「……それは、僕が詠唱化したから……」

 僕は幼稚な文を発表したのが恥ずかしかった。

「お父様ー!」

 カリーヌは家の中に駆けていった。

 僕とレティシアはカリーヌの背中を見送った。

「シオンが詠唱化したのよね。なら、使えるんでしょ?」

 レティシアは気を取り直していった。

「ええ。できますよ」

 僕はティーカップを置くと浮いてみせた。

「無詠唱?」

「ええ。そうですよ」

「やっぱり、シオンって変」

 レティシアに何かいいたげな目で見られた。


 カリーヌは父のジスランを連れて来た。

「シオンが浮遊の魔術を詠唱化したのよ」

 カリーヌはジスランの手を引いて興奮していた。

「もう、何度も聞いたよ」

 ジスランは笑っていた。

「やあ、シオン君。活躍しているようだね。友人の子として、僕も鼻が高いよ」

 ジスランはあいさつとして軽く手を挙げた。

「そういってもらえると嬉しいです」

「謙遜はしないでいい。それだけのことをしたんだから」

「ですが、問題が……」

 僕はいい淀んだ。

「何だい?」

「この浮遊の魔術は危険なんです。魔力を多く消費するので、上に昇るほど危険なんです。回避するように浮遊の魔道具を併用するように書いていますが、約束を守るとは思いません。それに、魔力切れまで頑張る人もいるでしょう。おそらく、死傷者が出るかと」

「うん。わかるよ。でも、人の行動は注意や規則だけで止められない。必ずルールから外れて死ぬ人間は出てくる。でも、それは仕方ないことだよ。君が指摘した僕のカジノの経営でも自殺者は未だ出ている。こぼれ落ちてしまう稲穂は必ずあるんだ。それはあきらめるしかないのさ」

 ジスランの答えは簡単だった。だが、それを受け入れるほど大人ではない。

「はい。わかっています。ですが、発表してよかったのか考えてしまいます」

 僕は今になって迷っていた。

「誰かが、いつかは作る魔術だ。それが君だった。それだけのことだよ。だから、自分を責めてはいけないよ。意味がないからね。でも、魔術の発展には犠牲者がいる。それを知っているだけでいい」

「……はい。わかりました」

 僕は現実を受け入れるしかなかった。

「うん。今日はシオン君を祝おうか。時間がないから簡単になるがいいかな?」

「いえ。お祝いするようなことではないです」

 僕はジスランの配慮に嬉しいが大げさだと思った。

「ダメ。僕は決めたからね。今日はしたがってもらうよ」

 ジスランの強引さに押されて、その後はちょっとしたパティーになった。

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