第42話 仕事

 動作による魔術の短縮化は、導師の目から見たら短縮されたようだ。

 公級魔術であるドラゴンフォースの出現の速さは類がないらしい。だが、威力に問題があった。

 速さを求めれば威力が低くなる。反対に威力を求めれば遅くなる。動作による短縮化には欠点があった。

「まあ、これでも、無詠唱の次の領域だな。使える魔術師は少ないだろう。だが、魔術師が砲台呼ばわりされなくなるな。中距離で騎士と戦えるからな」

「それって、戦術が変わるんですか?」

 僕は導師にきいた。

「ああ。魔法剣士が優位に立てるぞ」

 僕は傭兵のジェフ・ステリーを思い出した。ジェフは魔法剣士の教師だった。だが、剣にも魔術にも偏っていないため苦労していた。その魔法剣士の努力が報われるかもしれなかった。


 荒野から家に帰ってくると、家庭教師に説明を求められた。

 僕の代わりに導師が答えて二人を落ち着かせた。

 人が宙に浮かんでいるは恐怖でしかなかったようだ。

「私も驚いたが、よくあることなので、慣れて欲しい」

 二人の家庭教師に導師はいった。

 それに納得できたのかわからないが、二人はやめることなく続けて家庭教師をしてくれた。


 僕は浮遊の魔術に必要な魔力量を計った。

 魔術は最初の詠唱で必要な魔力量を表している。そのため、浮遊の魔術の階級を決めなければならなかった。

 各階級である呪文を唱える。

 必要な魔力量は理解できた。公級魔術と同じ魔力量が必要なようだ。

 浮遊の魔術に必要な魔力量は多かった。

 その後は、辞書を片手に言葉を選んで並べる作業が続いた。

 この世界に来てから七年の僕の言葉にはレパートリーはないといっていい。必然に類語辞典に目を通すことが多くなった。

 だが、導師のように上手く言葉にできない。

 磁力の魔術を詠唱化できた導師の偉大さがわかった。


「仕事のし過ぎ」

 カリーヌにいわれた。

 ダンスのレッスンと息抜きのために訪れたジスラン宅は天国だった。ゆっくりとした時間が流れている。

 僕はお茶をすすって、ほんわかしていた。

「そんなに仕事して、どうするの?」

 レティシアにいわれた。

「さあ?」

 僕は理由がわからない。ただ、仕事は生活費を得る手段だと思っている。

「公爵なら、お金に苦労はしないでしょう? 理解できないわ」

 レティシアとは感性が違うようだ。

「お父様は仕事をしていないんですか?」

 僕はきいた。

「しているわ。でも、城勤めよ。あなたのお母様が異例なのよ」

 導師は公爵として普通ではないらしい。

「でも、魔術師としてなら普通では?」

「ええ。普通の魔術師ならね。でも、公爵よ。必要ないわ」

 レティシアとは公爵に対する認識は違うらしい。

 公爵とはその身分で生活は保証されているようだった。

 だが、僕は忙しいが、今の生活には満足していた。


 僕は家庭教師に尋ねることも口を出されることも少なくなった。

 幼いゆえに順応性は高いようである。

 もう、背後で食事のマナーを家庭教師は見ない。僕を視界に入れているが、一緒の席で食事をしていた。

 貴族としての礼儀作法はできているようだ。

「もう、シオンには注意することはないのか?」

 導師は家庭教師にきいた。

「順調に覚えているので取り立て問題視することはありません。年齢に似合わずよくできています。後は学問と経験だけです」

「そうか……」

「導師。だまされないでください!」

 ノーラは声を上げた。

「何だ。シオンは貴族をしていると思うが?」

 導師は疑問を投げた。

「自分の部屋では寝っ転がって本を読んでいます。それに、私の目を盗んで干し肉を盗みます」

「そうなのか?」

 導師は僕を見た。

「記憶にございません」

 導師の視線に僕は目をそらした。

「本を読むのはいい。だが、変な態勢で読むのは見過ごせない。読書台を使え」

「……はい」

 僕は冷や汗をかきながら答えた。

「干し肉の件もいってください」

 ノーラは怒っていた。

「盗まれる前に、おやつを与えろ。成長期だからな。やせていては困る」

「ですが、太っても困ります」

 導師の反応に勢いはなくなった。

「それはお前が調整してくれ。そこら辺は子供なんだ。助けてやってくれ」

「……わかりました」

 そういったノーラは不満そうだった。敵を見るような目で僕に怒っている。

 どうやら、干し肉を奪われたのは許せないようだ。

 食べ物の恨みは恐ろしい。僕は後でノーラに謝ろうと思った。

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