第33話 事後

 一週間経つと、盗賊の捜査は終わったようだ。アドフルに城に呼ばれた。

 詰所に行くと、だるそうな衛兵たちがいた。あいさつはするが気力は感じなかった。

「すまんな。ようやく一段落したところだ。ヤツらは休ませてくれ」

 アドフルはいった。

 アドフルはいつもように背筋が伸びていて疲れを感じさせなかった。

「それほど、大きな事件だったんですか?」

 僕はきいた。

「まあな。子爵が一つ消えたとなれば大騒動だろう」

 子爵とは僕のように士爵という準貴族ではない。正規の貴族だ。平民には雲の上の存在だ。

「貴族でも犯罪をするんですね」

「まあな。貴族の特権を使って犯罪するから質が悪い。今回も侯爵の援護がなかったら動けなかった」

 貴族社会は複雑なようだ。そんな、貴族になるには僕は世間を知らなかった。

「まあ、お前の歳で貴族社会を理解している方が不気味だ。それよりも、槍の稽古はサボっていなかっただろうな?」

 僕は水で作ったゴーレムを相手に槍の稽古をしている。誘拐されるほど弱いのだ。強くなる理由ははっきりした。もう、導師たちに迷惑をかけられない。だから、槍ばかりでなく、魔術の速射を鍛えていた。

「まあ、手合わせすればわかる。早速、始めよう」

 いつものようにアドフルとの稽古が始まった。


 僕は夕暮れの街を城から帰った。

 足取りは重い。久しぶりに何度も打ち込まれたからだ。

 僕はマナを吸い込んで魔力に変えながら、回復の魔法を使って歩いていた。 

 コールの魔術が頭に響いた。僕はコールに答えるように意識を切り替えた。

『なぜ、売られたのに人より幸せになっている。なぜ、お前はまだ生きている』

 コールの相手には懐かしさがあった。

『お父さんですか? 何で……。いや、生きていたんですか?』

『ローシェは死んだのに。何でお前は生きているんだ?』

 僕は周囲を見る。だが、父らしい人影はなかった。

『お前は笑ってはいけない。いや、生きていてはいけない。それはローシェを侮辱している』

 父の物言いに腹がった。

『母を自殺に追いやったのは、父さんでしょう。父さんが僕を売るといわなければ母さんは死ななかった』

『物が語るな! お前は商品でしかない。そんなお前が生きていていいはずがない。お前は必ず殺す。それがローシェの供養になる』

 その言葉を最後にコールのつながりは切れた。


 家に帰ると玄関で導師に迎えられた。

「話がある」

 父の話だろう。

 僕は導師の後に付いていった。

 書斎に入ると導師は向き直った。

 そして、複雑な顔で見られた。

「……父は生きているんですね?」

 僕はきいた。

「ああ。生きている。ウソをいったのは謝る。だが、またお前に関わるとは思わなかった」

「父は僕が生きていていいはずがないといっていました。それと、必ず殺すと宣言されました」

「そうか。だが、間違えるなよ。人は生きるために生きている。生物である限り、その本質は変わらない。それと、前みたいに自分の価値を捨てるなよ。お前を好きでいてくれる人達をバカにする行為だからな」

「はい……」

「父の件は私に任せろ。お前は自分の手で解決したいだろうが、力はない。今は成長することに力を注げ。それが、後々に必要になる」

「……父はもう戻れないのですか?」

「ああ。もう、何人も殺している。捕まっても極刑だろう。……すまんな。私の力がおよばなくて」

 導師は僕の頭を抱きしめた。

「いえ、十分与えてもらっています」

 導師には涙が止まるまで待ってもらった。


 僕は導師の書庫で魔道具の本を読んでいた。

 父は敵になった。そのための対策が必要だった。

 だが、僕はまだ六歳である。力も魔術も大人に比べれば弱すぎた。

 そのために、逃げれるように必要な魔道具を探した。

 防御膜の魔道具はすぐに見つかったが、値段は高いようだ。だが、魔力量で強弱はあるが触るだけで防御膜を張れるのは魅力的だった。

 僕は魔術で防御膜は張れる。しかし、魔術の発生速度が遅い。そのため、魔道具に力を求めたが期待は裏切られた。

 騎士が弓矢を受けても刺さらない程度である。剣での攻撃には太刀打ちできないようだ。

 それよりも、体内の魔力の塊を固体化する必要がある。龍族に警告されたほど危ないので、すぐにでも固体化する必要があった。

 やることが山積している。だが、一つずつでも解決しなければない。

 腹の魔力は液体化するほど練れている。しかし、固体化には遠い。

 就寝の一時間前に時間を使って修行しているが、まだまだ時間はかかる。そのため、今、死ぬことはできない。

 人間爆弾が街中で勝手に爆発するのは迷惑極まりないだろう。

「ふう」

 僕は本から目を離して、ため息をついた。

 どこか遠くの山の中で一人で爆発して死んだ方が楽だろうと思う。だが、それはできない。僕は生きたいと思うようになった。それに、僕を好きでいてくれるかもしれない人達に失礼だ。僕は僕で生きなければならない。

「はあ」

 また、ため息が出た。

 六歳が考えるような悩みではないのはわかっているが、現実は年齢とは関係ないようだ。

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