第26話 魔術

 珍しく槍の修業を導師にいわれて休みにした。

 その代り、貴族の屋敷に遊びに行くことになった。

 導師と共に馬車に揺られて導師の友達の屋敷に行く。

 馬車の中では導師に注意された。

 前世の話をするなということだ。

 それは重々承知している。前世の話をしても理解されない。それは導師を相手をしても同じだ。だから、前世の話はしない。

 馬車が屋敷に着くと、門番が御者に話しかけた。

 何やら話し声が聞こえたが、すぐに門が開いた。馬車は門の中に入った。そして、庭の道を回って屋敷の前に着けた。

 導師はすぐには降りなかった。誰かが扉を開けてくれるのを待っているようだった。

「失礼します」

 女の人の声が聞こえて扉が開けられた。

 扉の下には踏み台があった。導師はそれを使って降りた。

 僕も同じように降りた。

「ようこそお出でくださいました。私はここの執事です。よろしくお願いします」

 執事らしい白髪のおじさんが頭を下げた。

「世話になる」

 導師は簡単に答えた。

 執事の先導で館の入り口に向かい玄関の中に入った。

 玄関では屋敷の主に出迎えられた。

 叙任式の祝宴で会った男だ。

 名前はジスラン・ラ・ヴィアルドー公爵である。妻の名はロズリーヌであり、娘はカリーヌといった。

「ようこそ」

 館の主人であるジスランに招かれて奥へと進んだ。

 今は兄である双子はいないらしい。貴族のたしなみで剣を習いに行っているようだった。

 客間に通されて、ソファーに座る。

 導師は主人と妻と談笑をしている。しかし、娘のカリーヌは僕を険しい顔で見ていた。

「カリーヌ。シオン君と遊んでおいで」

 ジスランはいった。

「わかりました。お父様」

 カリーヌは答えた。

「行っておいで」

 僕も導師にうながされて席を立った。

「こっちよ」

 カリーヌに案内されて屋敷の廊下を歩く。そして、中庭に出た。

「あなたって、魔術が得意と聞いたわ。本当?」

 カリーヌの態度には何かトゲがあった。

 何か不満らしい。

「ええ。武術よりも魔術の方が得意です」

「なら、私がどれくらいできるか見てあげるわ」

 カリーヌは得意げにほほ笑んだ。

 カリーヌは僕より背が高い。しかし、何年も離れていないようだ。手を伸ばせば頭をなでられる。

 そんな歳で使う魔法は初級ぐらいと推測した。

「では、ブレイクブレットでいいですか?」

「ん? 初級中の初級ね。でも、見てあげる」

「では」

 僕は無言で魔法を展開する。

 以前、無詠唱の魔術の教えて欲しいといわれたのを思い出したからだ。

 水の弾を三十ほど展開した。

 カリーヌは驚いていた。

 少し待ったが言葉は出てこなかった。

 カリーヌは我に返ると中庭から家の中にけていった。

 魔術を解いてカリーヌの反応を考える。

 驚いたのはわかった。しかし、逃げるようなことではない。弾はカリーヌに向けていない。だから、逃げられる理由はないはずだった。

 しばらく、中庭にいるとカリーヌは執事を連れて来た。

「あなた、また魔術を見せて」

 カリーヌはいった。

 今度は執事に見せたいらしい。

 僕は魔法を無詠唱で展開した。

 三十ほどの水の弾を見た執事は感心していた。

「これは見事ですね。闘技場で魔獣と戦って勝った理由がわかります」

 執事はいった。

「闘技場って、何の話?」

 カリーヌは執事に質問した。

「シオン様は士爵になる前に闘技場で魔獣と戦っています。その時、無詠唱の魔術で魔獣を倒したのです」

「本当?」

「はい。ご主人は観戦していましたので、確かかと」

「ちょっと待ってなさい」

 カリーヌはあわただし気に家の中に入っていった。

「申し訳ありませんが、お待ち願いませんか?」

 執事は僕にいった。

「かまいませんけど、お嬢様はどこに行ったのですか?」

「主人のもとかと思います。お嬢様には信じられないことなので」

 執事がいうにはカリーヌの常識内ではないらしい。僕が無詠唱で複数の弾を出したのは普通ではなかったようだ。

 マールは中級の魔術なら無詠唱でできた。だから、無詠唱とは当然の技術のはずだ。もちろん、導師も無詠唱の魔術を使っていた。

 カリーヌは父であるジスランを引き連れてやって来た。

 ジスランは笑っていた。

 娘の反応がおかしいのかもしれない。

「また、ブレイクブレットの魔術を見せて」

 カリーヌはいった。

「それなら、この子は水子級魔術師だ。もっと強い魔術が使えるよ」

 ジスランはいった。

 どこで知ったのかわからない。だが、貴族の情報網は広いのはわかった。

「そうなの?」

 カリーヌにきかれた。

「ええ。水子級魔術師ですので」

「なら、見せて」

「ドラゴンフォース」

 僕は水龍を出した。

 水でできた龍がそびえ立っている。中庭は狭くなった。

「驚いたね。この魔術も無詠唱か。私の情報は古いみたいだ」

 ジスランは驚いていた。

「お父様。無詠唱でドラゴンフォースを出せるのは普通なの?」

 カリーヌはジスランにきいた。

「私が知る範囲では少ないね。召し抱えている公爵は少ないだろう。貴重な人材だよ」

「なら、私の家に召し上げてよ」

「残念ながら、ランプレヒト公爵から引き抜けないよ。彼女とは仲良くしたいから」

「なら、家庭教師は?」

「うん? やる気になったのかい?」

「ええ。魔術師なんて口ばかりで、実際の力はないんだもの。でも、この子は本物よ。習うなら、このような魔術師がいいわ」

「でも、彼の身分は低いよ。それでもいいの?」

「ええ。構わないわ」

 親子で勝手に話が進んでいる。

「それでしたら、僕の師を教えますよ?」

 僕はいった。

 このままでは家庭教師をやらされるからだ。

「いや、身元が確かな人に頼みたい。君の師である傭兵たちには悪いけど安心できないからね」

 ジスランの情報網が怖くなった。

 二人の師はジスランのいった通り傭兵だった。ジスランはそれを知っている。下男の子供の情報まで、調べ上げているのは普通ではない。

「それより、いつまで水龍を出しているんだい? 体がだるくならないのかい?」

 ジスランにいわれて、ドラゴンフォースを解いた。

「どうやら、魔力量も規格外のようだ。改めて感嘆するよ」

 ジスランは笑っていた。

「お父様。私も無詠唱を使いたい」

 カリーヌはいった。

「そうだね。それには魔術の基本を習い直さなければならない。それでも、いいのかい?」

「はい」

 カリーヌは興奮しながらうなずいた。

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