第25話 貴族

「お久しぶりね。研究ばかりしていないで、お茶でも飲みましょうよ」

 導師の友人らしき女性はいった。

 身なりは細くエレガントなドレスを着ている。宝飾は質素だが似合っていた。

「ああ。この前まで忙しかったんだ。かんべんしてくれ」

 導師は答えた。

「あなたはいつもそうね。でも、元気そうでよかったわ」

「それだけが取り柄だからな」

「よくいうわよ。……まあ、いつも通りで安心したわ」

 女性が僕を見た。

「宴の主役ね。こんばんわ」

 女性は微笑んだ。

「初めまして、シオン・ブフマイヤーと申します。以後、お見知りおきを」

 僕は片足を引いて自分の胸に手を当てる。そして、頭を下げた。

 貴族の礼である。導師に指導されて急いで身に付けたあいさつである。

「あら、お上手。我が子にも見せたいわ」

 女性はいった。

「お前のところの跡継ぎは、もう立派な大人のはずだ? シオンと比べる意味がないだろう?」

 導師はいった。

「まだ、小さい子がいるわよ。今年で九歳。でも、女の子だから関係ないわね」

「小さな男の子はいないよな?」

「ええ。残念ながらいないわ。いたら、友達になって欲しかったわ。でも、残念。将来は有望なのに」

「こいつには貴族の側近は勤まらないと思うぞ。根は庶民だ。貴族社会には性格的に向かない」

「あら、そうなの。なら、今度遊びに来て。娘に会わせたいわ」

「なぜ、そうなる?」

「あの子は貴族になるのを嫌がっているのよ。だから、広い世界を見せたいのよ」

「シオンはまだ六歳だ。世間の広さを知っている歳ではないぞ」

「でも、裏のない子を知って欲しいのよ。貴族の嫌な部分を知って部屋にこもりがちなのよ」

 こちらでも娘には手を焼いているらしい。貴族とは大変なようだ。

 その後も貴族の祝宴は続いた。


 僕が士爵になってから、導師は書斎にこもることが多くなった。

 何か考え事があるらしい。だが、仕事ではないようだ。

 僕は槍の稽古のために城に行った。

 詰所の前で僕はアドフルににらまれていた。

「なぜ、術士になった。普通なら騎士を選ぶだろう? 術士は研究者だ。戦場に立つ騎士の方が立派だ」

 アドフルの考えはわかった気がした。

 アドフルは騎士に誇りを持っている。だから、僕を騎士にしたいようだ。だが、僕の適性は魔術師に偏っている。騎士に成れるような武術の資質はなかった。

「僕は臆病だから強くなりたいだけですよ。こうして修行しているのは殺されないためです。術士といえど、身体能力が低ければ魔術を当てられませんから」

「そのいいようだと、戦う意思はあるということだな?」

「ええ。必要なら」

 アドフルは満足そうにうなずいた。

「お前の考えはわかった。今後も鍛えてやる。弱々しい術士と違うところを見せてもらおう」

 そうして、今日の修業が始まった。


「これからはシオン君には敬語を使わないとなりませんね」

 食事の席でノーラはいった。

「やめろ。気持ち悪い」

 導師は嫌がった。

「ですが、術士様ですよ。私とは身分が違います」

「それだと、身が持たんぞ。シオンは私の養子にする」

 ノーラは驚いて噴き出した。

「申し訳ありません」

 ノーラはあわててテーブルを拭いた。

「養子って何ですか?」

 僕は導師にきいた。

「言葉通りの意味だ。お前を私の子供にする。嫌か?」

 僕は即断できずに首を傾けた。

 僕にとってはよい話だろう。だが、踏ん切りはつかない。本格的な貴族になるということだからだ。

「それって、父と縁を切るということですよね。ですが、父は術士になった僕を手放そうとはしないと思います」

 僕は導師に父の話をいった。

 本格的に貴族になるには抵抗があるからだ。

「そうだな。術士とはいえ、身内だ。使えるものは使うだろう」

「父を知っているのですか?」

 わかっているような導師の言葉をきいて疑問に思った。

「ああ。調べた。金に心を売っていた。もう、親とはいえん」

「そうですか……。仕方ないですね」

 僕は父の顔を思い出す。しかし、僕を物としか見ていない顔が浮かんだ。

「お父さんと縁を切るの?」

 ノーラはいった。

 普通の感覚ではそうだろう。だが、父は僕を商品としか見なかった。だから、父には期待していない。

「でも、肉親よ。恋しくないの?」

 ノーラはいった。

 僕はノーラの言葉に首を振って否定した。

「シオンの父は裏社会と通じている。その息子が準貴族の士爵になった。それは国の恥部だ。近い内に粛清されるだろう」

 導師はいった。

「でも……」

 ノーラは食い下がった。

「シオンを売り払って事業を立て直そうとした男だ。父とはいえんよ」

 導師は淡々と答えた。

「そうでしたか……。それなら納得できます」

 ノーラは口を閉じた。

「シオン。養子の話は考えておいてくれ。すぐに答えは出さないでいい」

「はい」

 僕はそういったが、自分にそれだけの価値があるかわからなかった。

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