第5話 修行
前世の人格との統合はなくなった。催眠状態の前世の僕がいったらしい。今の僕が記憶を引き継いでいると。
それからは導師にしつこく尋ねられることが多かった。
「前世のお前は誰だったんだ?」
導師にきかれた。
「前世の人格で僕の一面であるらしいです。だから、あの僕も僕なんです」
「そうか、統合は危険だったようだね。すまないな。お前を精神的に壊すことになるかもしれなかった」
導師はいった。
「生きているから問題ないです」
「そういってもらえると助かる。こっちも追いつめられて、危ない橋を渡るところだった」
導師は申し訳なさそうな顔をしていた。
遅れていた研究は、僕の知識を教えることで進んだ。だが、世界の法則が違うゆえに利用できる知識も限られてしまった。
この世界は四隅に神獣が大地を支えていると考えられていた。地面平面説だった。そのため、重力の概念をいくら伝えても信じられない。
バカでかい球体の引力によって地面に足がついているとわからない。そればかりではない。魔術という存在がないのが信じられないようだった。
「魔術など、神様に与えられた力だろう。その男は神を信じていなかったのか?」
無神論など、導師は信じられないようだった。
理解できない会話を繰り返しながら研究は進んだ。だが、王の求める研究結果はなかった。
「ふーむ。どうだかな?」
導師は独り言を言いながら、部屋を歩き回っている。
「どうしたんですか?」
助手のアナは尋ねた。
「魔術を教えようか、迷っている」
「もっと魔術を扱えた方が、研究が進むと思いますよ。それに生活で使う魔術は使えているでしょう?」
「そっちではない。軍用の無詠唱での魔術だ」
アナは納得できたようだ。
「それは迷いますね。一歩間違えれば、危険な魔術ができる可能性がありますね」
「うむ。だが、このままでは、らちが明かない。しかし、危険性はある。進むべきか、引くべきか迷う」
「あのー。いつか僕が必要にならなくなった時のために、技術を身に着けておきたいのですが……」
導師が僕をにらんだ。
「そんなことを言うな! お前の前世だけで、お前を買った訳ではない!」
導師に一喝されて話は終わった。
後日、僕の要望もあり、魔術を教えてもらうことになった。魔術といっても生活で使う魔術でなく、軍用の魔術だ。
簡単に言えば、戦闘用の魔術である。戦っている最中に詠唱を行う時間はない。だから、無詠唱で放たなければならい。難易度は高かった。
最初は、生活用の魔術を詠唱なしに行う。詠唱しながら、魔力の動きと変化を察知して記憶する。そして、今度は何も唱えずに同じように魔力をあつかい変化させる。
僕はマナの集め、マナから魔力に変換できる。そして、変換点での変換の仕方は、初級魔術なら四属性の地、水、火、風はできている。
だが、今後、他人に教えるためには基礎を覚え直せといわれた。
導師がいうには、魔術の源である魔力の扱う感覚は人それぞれで、自分の感覚で覚えなければならなかった。何度も失敗して、何の成果も得られない日が続くらしい。それでも、何度も練習して身に付けるようだ。
一か月が経った頃だろう。魔力の動かし方を他人に教える方法が理解できた。しかし、変換の方がわからない。水を出すだけなのに、どう教えていいかわからない。
導師は詠唱と無詠唱を交互に行って水に変換する感覚を覚えこませるらしい。
ここでも、忍耐が必要のようだ。
「思ったより早い。一年は覚悟していたが、順調に進んでいるな。だが、他の属性でも同じように覚えてもらうぞ」
属性は簡単にいって五つだ。風、火、水、土、その他に分類される。その他以外の四つは必修だ。それに属性に分類されない魔術は高度だ。その一つの魔術だけで成り立っている。転移の魔術などが例に上がる。それも、魔術師とは無詠唱でできるようにならなければならないようだ。
「魔術だけでなく、棒術を覚えてもらう」
導師はいった。
僕は棒術より槍術を習いたいと導師に伝えた。理由は槍術をかじっているからだ。
しかし、導師がいうには城内の魔術師は棒術を使うらしい。槍をメインで使うのは貴族ではいないようだ。その代り、高い宝石を付けた杖を持っているようだ。
「家庭教師は剣だったか。だか、バカ高い剣を差しているのは身分があるのだろう。まあ、お前は貴族でないからいいか。だが、武術は修行してもらう。……まあ、本格的になるけどな」
導師の勧めは、身体能力向上の魔術を、身に着けさせるためらしい。
剣士は普段から身体向上魔術を使っているからだ。
この世界では身体能力が並では生き残れない。剣士は剣術をみがくと共に、無意識で身体向上魔術を使っているらしい。そうでなければ、自分より大きな魔獣と戦えない。
槍術の指南者を呼んで、一対一で修業が始まるようだ。
僕は生きるために力が欲しい、と思っているが、修行は嫌がっている。辛いのは嫌いなのは前世と一緒だった。
それから、地獄のような日々が始まった。学校に行きたくない前世の僕の気持ちがわかった。だが、教師はあちらから来た。導師の監視下にいる僕には逃げる場所がない。修業をする以外に道はなかった。
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