第4話 実験

 僕は奴隷として貴族に仕えることになった。

 下男という雑用係である。特に家の掃除など家事が多かった。

 僕を買ったのはザンドラ・フォン・ランプレヒトといった。貴族であり宮廷魔術師である。

 とても偉い人らしい。導師と呼ぶようにと命令された。

 そして、助手はジョージアナ・メレディス。通称でアナと呼ばれていた。

 二人は新しい魔術の研究をしている。そのための材料が僕らしい。

 導師は僕の前世が別世界だと思って買ったらしい。買った理由は別世界の技術を知るためのようだ。

 いつも、ソファーに横になって催眠状態にされる。

 僕は何を引き出したのか知らないのは、魔術で睡眠状態にされて起きていないからだろう。だから、導師が何を知ったのか、僕は知らない。


「もう、いいだろう。前世と対面してもらう」

 導師が意外なことをいった。

 僕は前世の記憶を引き継いでいる。会う必要などなかった。

「めんどくさいヤツでな。今のお前と統合すればちょうどいい」

 催眠状態の僕はめんどうくさいらしい。だが、僕にはわからない。

 導師はソファーに横になるようにいった。

 僕は指示に従って横になる。

 導師が何やら呪文を唱えている。目を閉じると暗闇に吸い込まれた。

 暗闇の中に一人の男が立っていた。

 男はおじさんのぐらいの見た目だった。

「よう。あのねえさんにたらしこまれて、お前と会ってはいない。純粋に興味からだ」

「あなたは、誰ですか?」

 男はあきれたような仕草をした後、仕方なさそうに口を開く。

「お前の前世だった時の人格だよ。人間の精神には多面性がある。その一つが表に出ているだけだ。僕とお前の根っこは一緒だ」

「そうなんだ。それで、僕と会って何するの?」

 男は意外そうな顔をする。

「あのねえさんに聞いていないのか?」

 僕はうなずいた。

 男はあきれたように、首を振った。

「精神が幼稚すぎる。そもそも統合なんてできない。ねえさんは無駄な期待をしていたようだな。その前に統合する必要さえないのにな。どこの方向から僕を見ているかの違いでしかないのに」

 男はあきれたようにいった。

「……前世の世界って、どんな世界?」

 僕は興味から尋ねた。

「ん? 知っているだろう。魔術がなく、科学がで成り立っていた世界だったよ」

「そうだったね」

 僕は記憶を思い出して同意した。

「それが、わからないんだよな。あのおねえさんは」

「難しいの?」

「程度による。最先端の科学になれば、魔術のような出来事が起こる。だが、この世界の人間には理解ができない。なぜなら、この世界は、僕がいた世界の法則と違う法則で動いているから」

「そうだね。でも、魔術にできない?」

「……僕らしいな。まったく疑いがない。バカ、そのままだ。それが僕を……」

 男は黙った。

 そして、苦い顔をして顔をそむけた。

「どうしたの?」

 急な態度の変わり方が不思議だった。

「別に何でもない。……もう帰れ」

 男は嫌がるように背中を向けた。

「ごめんなさい。導師の指示で、また来なければならないと思う」

 しばしの沈黙が走った。

「……無駄だと伝えておけ。概念と法則が違うといえば、少しはわかるだろう」

「わかった。では、またね」

 僕の男の背中にいった。

 僕は頭上を見る。光があった。

 僕は意識して光を見ると、光の中に昇っていった。

 目を開くと、導師の顔が僕をのぞいていた。

「何かわかったか?」

 寝起きのように頭がぼおっとする。

「概念が違うっていわれました。そういえば、少しはわかると」

「そうか……」

 導師が難しい顔をして黙った。

「それと、法則も違うといわれました」

 僕はどこを見ているかわからない導師に、付け加えるようにいった。

「そうか、わかったよ。……今日の実験は終わりだ。夕食の準備を始めてくれ」

「はい」

 僕はベットから降りて床に立ち上がると、台所に向かった。

 台所に行くと、助手のアナが料理を作っていた。鍋をかき回している。野菜と肉の煮込み料理のようだ。

「今日の調子は?」

 アナがいつものようにいった。

「駄目みたい。導師は難しい顔をしてた」

「そうなの。なかなか上手くいかないわね。でも、大丈夫? 気分が悪いとかない?」

「特にないよ。統合するとかいってたけど、それもできなかったし」

「そう。もう、料理ができたから、導師を呼んできて」

「うん。わかった」

 僕は夕食の支度ができたのをいうべく、導師の部屋に向かった。


 今日は登城する日だった。王様に会わなければならないらしい。僕は下男という雑用係なので義務はない。それどころか、空気と同じ扱いだ。それにも関わらず、僕は導師に連れていかれた。

 導師を先頭にアナと僕が続いて歩く。普通の貴族なら馬車で登城する。しかし、導師は徒歩を選んだ。

 城に入る門を目の前に、守衛さんに止められた。

「私の顔をお忘れかな?」

 導師が守衛さんに作り笑いの顔を向けた。

「申し訳ありません。通例なので、おとめしました」

 そういう守衛さんの顔はぎこちない。

 僕は守衛が失敗したのか疑問に思った。

「そうか。なら、通っていいんだね?」

「はい。どうぞ」

 守衛さんがへこへことあやまりながら道を開けた。

 そのまま、石畳を通って城内に入る。

 城は要塞であり、最後のかなめだ。街は守れなくても、城と中にいる要人を守り切れば復興できると考えているらしい。そのため、複雑な造りになっている。それを導師は迷いもなく歩いていく。僕は覚えられず、いつも導師の後を追うだけだった。

 赤いじゅうたんの廊下を歩く。どこに続きているかはわかっている。王様に会うために来ているから、謁見えっけんの間である。

 僕はキョロキョロするなと、過去にしかられたので、周りを観察せずに歩いた。

 そして一つの部屋に入る。謁見の間につながる隣の隣の部屋である。僕とアナはここで待たされる。導師だけが謁見の間に入れた。

 扉が開くと偉い人が導師を呼びに来た。導師は威厳ある足取りで扉の前に行く。守衛さんが扉を開けると中に入っていった。

 前に、「王様って誰?」ってきいたら、アナに怒られた。そして、部屋の壁を指した。

 そこには肖像画があった。ひげは長く鋭い目をしている。王冠は金色で大きく、色とりどり光っているようだ。本物は宝石で埋められているらしい。とても威厳があって、すごそうな人だった。

 導師はそんな人と何を話しているんだろう? 魔導士だから魔術の話だろうか?

 わからないことばかりだった。

 どれくらい待っただろうか。待ちくたびれた頃に、導師が僕たちがいる部屋に帰ってきた。

 導師は足取りは重く疲れているようだった。

「城で休憩させてもらいますか?」

 アナが導師にいった。

「いや、大丈夫だ。外の空気を吸えば治る」

 アナは導師の脇に付き従いながら、来た道を帰っていった。


 導師の家は門番がいる。公爵家であるため、一目で偉い人が住んでいるとわかる家だ。門番にあいさつしながら、門を通り家に入った。

 導師はリビングのイスにドスンと腰を下ろした。

「まったく。嫌になる。ここ最近の研究が進んでないからって催促さいそくしてきた。高度な問題になれば時間がかかるのはわかっているのに。せっつくとはよほど余裕がない」

「そうなんですか? 上は何を期待しているんです?」

 そういいながら、アナが紅茶を出す。

「何でもいいんだ。外交問題を打破できるものなら」

「最近、うわさになってますね。お隣の国と関係が悪化しているって」

「ああ。本当のことだ。外交官の無能さを魔術で何とかしようとしている。無理な問題だ」

「確かに、無理な話ですね」

 アナは苦笑いをしていた。

 その後も導師のグチは続いた。アナは苦笑いと共に話を聞いていた。

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