第3話 変動
魔術の修業は順調に進んだ。いや、進み過ぎているようだ。
最初は魔術の基本を教えるためだけだったのだが、予定と違ったようだ。
「優秀なのはいい。だが、毎日の積み重ねをおろそかにしてはいけない。努力をやめた時、それは停滞するどころか後退してしまう。だから、才能に甘えないで欲しい。それは、肉体でも同じだ。体を鍛えるのをやめた時、筋肉は減るばかりか上手く体を動かせなくなる。もちろん、頭にもいえる。頭を使わないとすぐにサビるからね。だから、日課は毎日こなして欲しい。毎日をこなすのは苦痛を感じる。だけど、その辛さに慣れて欲しい。わかったかな?」
マールは優しく微笑んだ。
僕はうなずいた。
「うん。わかってくれたようだね。でも、君の歳では私を忘れるだろう。だから、後でわかるように本を置いていく。……まあ、本というには、私が書いたつたない指南書だ。後になって笑わないでくれ」
マールは小さな本を出した。
僕は両手で受け取った。
それは大切なものだからだ。
「うれしいよ。そんな顔でもらってくれるなんて」
マールは恥ずかしそうに笑った。
僕は空間魔術を使って僕専用の空間にマールの本を入れた。
「その歳で無詠唱の空間魔術師か。将来が怖いよ」
マールの苦笑いは続いていた。
マールも同じなので、僕にとっては普通であるが、世間一般では違うらしい。
「誰かとパーティーを組む時は魔術の名前はいった方がいい。無詠唱では誰が何の魔術を使ったかわからないからね」
僕はうなずいた。
「最後になるが、君にこれをあげる。これは水子級魔術師だと私の名で証明している。魔術師に会ったら見せると通じるだろう」
僕は紐が通った鉄でできた名刺みたいのをもらった。
「これで、君は立派な魔術師だ。頑張ってね」
マールに頭をなでられた。
それはマールとの別れだった。
マールは傭兵だ。ヒマな時間は限られている。留まった期間は三か月だが、それでも長いらしい。
マールは両親に頭を下げると、空間からボードを取り出した。
それは浮遊するスケートボードだった。魔力を注ぐと浮遊して進む。新しい乗り物だった。
僕はマールに手を振った。
マールは微笑んで手を振り返し、ボードに乗ると街中に消えていった。
僕はマールとの約束を守り魔術の修業を続けていた。もちろん、槍術の修行も続けている。
「勉強しているか?」
父は魔術に一生懸命になるのに反対のようだ。
読み書き計算を習えという。
もちろん、母に習っているが、父は足りないといった。
だが、母は順調と答える。
父は仕事ができなくてストレスが溜まっているようだ。
そんな父を見た母は仕事の再開を進めた。お腹は安定期に入り、僕のめんどうは見れるらしい。
父は二、三日考えた結果、商売で街を出るといった。
母は笑顔で父を見送った。
だが、父の商売は失敗した。
だまされたようだ。仕入れた品物はゴミくずで無価値だった。
父は落ち込んでいた。だが、取り立て屋は家にやってくる。毎日のように玄関を叩かれた。
母は心労からか流産してしまった。
不幸が重なった家には誰も近づかなかった。父の商売仲間は来ることもなかった。
「すまんが、売られてくれ」
父は僕にいった。
僕は話の内容がわからなかった。
「まだ、幼いのよ。
母は父に反抗した。
父は母のほほを殴った。
「他に道はないんだ。一人の子供でオレたち二人は救われる。それにやり直せばすぐに買い戻せる。お前だって奴隷にはなりたくないだろう? それにこの子なら無詠唱の魔術が使える。高く売れるんだ。わかってくれ」
父は僕の前でそんなことをいった。
「まだ、幼い。売られても理解ができないだろう。だから、今のうちに売ればいい」
父はたたみかけるかのようにいった。
「……少し考えさせて」
母は寝室に引っ込んだ。
翌日、母は冷たくなっていた。自殺したらしい。
父は遺書を読む。
母はお腹の子の流産と子供を奴隷にする罪悪感で死を選んだらしい。
「バカ者が」
父は母をなじった。
父は僕を見る。
その目は人を見る目ではなかった。
奴隷になってから二週間がたった。
衣服はいつでも脱げるように簡素な服だった。だが、部屋は寒くないので一枚の服で過ごしていた。
奴隷になっても日課になっている魔術と槍術の修行は続けていた。
鎖につながれていても、やることはあった。より高く売られるために色々な技能を持っていた方がいいからだ。
修行をするとご飯は普通に食べられた。理由は奴隷は見た目を重視しているかららしい。
客が奴隷を選ぶ時は、まず見た目から入るからだ。そのため、魅力のないやせた体では困るらしい。
僕はもう他人には期待できなくなった。愛されていたと思たら、金の前では意味がなかった。金で買える愛情だったようだ。
だから、これからは自分の身は自分で守ると決めた。しかし、希望はなかった。どんな客が僕を買うかで運命が変わるからだ。
「こやつが例の子か?」
そういった女性は、おねえさんというか、前世でいうところのキャリアウーマンというのが当てはまっている。
そのおねえさんの目は、
「はい。私の情報なら無詠唱の魔術を使えます」
隣にいた若い女の人が答えた。
こちらの女性は若くて家庭的に見えた。
「それで、肝心の方は?」
「おそらくとしかいえません。ですが、それを抜きにしても掘り出し物なのは確かです」
「無詠唱の魔術を習いたい貴族は多い。買っても損はしないな」
「はい」
おねえさんは僕をジッと見ていた。
ふと、おねえさんは笑った。
僕にはその笑顔の意味は分からない。だが、暖かいものを感じた。
そして、僕は奴隷として簡単に売れた。
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