第2話 魔法

 数日たつと、家庭教師が来た。

 女性で歳はまだ若い。二十歳を越していないと思うが、耳がとんがっているからエルフらしい。エルフは長寿だから人族の年齢に当てても間違う。だから、魔術の家庭教師をするなら、それなりに年齢を重ねていると思った。

 家庭教師は目の前に来るとしゃがんだ。

 僕と目線を合わせている。だが、僕は視線をずらした。他人の顔を満足に見れない。

「こんにちは。私はマルギット・ボーストレーム。マールと呼んでね。君の名前は?」

 子供をあやすのに慣れているようだ。生徒が僕のように小さくても構わないみたいだ。

「僕はシオン・ブフマイヤー」

「そう。シオン君ね。よろしくね」

 家庭教師は微笑んだ。

 さっそく、魔術を見せることになった。

 僕ができるのは水道の魔術である。

 手から水を出した。

「シオン君。それって何て魔術?」

 マールにきかれた。

「水道の魔道具の魔術」

 僕は素直に答えた。

 マールはその言葉を聞くと頭が痛そうに目頭を押さえた。そして、背後にいる両親を見た。

「ブフマイヤーさん。普通ではないのはわかりました。ですが、常識を越えています。魔道具をコピーする人族は見たことありません。それも、無詠唱で。一体どうすれば、このようなことができるんでしょうか?」

 両親は反対にマールにききたいようだ。どうすれば、普通の魔術を使えるようになれるかと。

 色々と揉めていたが、マールの話では直す必要はないらしい。それどころか、この才能を伸ばした方がいいと両親に助言していた。

 マールは両親と話し合って、正式に家庭教師になった。


数多あまたを巡るマナの輝きよ。我が手に集いてかてと成れ」

 マールは呪文を唱えた。

 すると、手のひらから水が湧き出て流れ落ちた。

 僕は魔術らしい魔術を見て驚いた。

 どんな法則で水が出てくるのか理解できない。

 水は後から出てきて中庭の地面に吸い込まれた。

「これが魔術よ。あなたが使った魔術とは別の方法よ。魔道具の魔術は誰でも使えるように魔法陣が内部に刻まれている。それに触ることで魔力が供給され魔法陣の設定通りに水を出すの。でも、これは人が使えるように、言葉と魔力で水を出したのよ。あなたもやってごらん」

 マールに呪文を教えてもらい挑戦した。

「数多を巡るマナの輝きよ。我が手に集いて糧と成れ」

 だが、水どころか何も出なかった。

 才能はないのかもしれない。

 マールを見ると苦笑していた。

「ごめんね。大切なことを忘れていたわ。言葉と魔力以外に想像力を必要とするの。実際に手から水が流れるように想像する。もちろん、頭で考えるのでなくて、手から水が出てくるように視覚化するの。でも、これが一番難しんだけどね」

 マールは苦笑していた。

 僕は理解した。前世の西洋魔術に視覚化をする訓練がある。イメージを現実の世界に重ねる。それが、魔術の基礎のようだ。

「数多を巡るマナの輝きよ。我が手に集いて糧と成れ」

 僕は水の湧き出るイメージをして呪文を唱えた。

 すると、手から水が湧き出した。

「すごいわね。もうできるようになったの? 魔術師はこの初歩の段階でつまずくのよ。意外だわ」

 マールは驚いているようだ。

 僕はつまづいた人の話が気になった。現実にイメージを重ねられないと魔術は発動しない。それは、想像力がなければ魔術は使えないと一緒だからだ。

「ええ。魔術を使えない人はいるわよ。十人に二、三人くらいね。でも、そういう子は剣士になるわ。それに魔術に適性が低い子も剣士になるわね。まあ、得意分野の違いよ」

 魔術師と剣士。大きな分類のようだ。

「あなたは魔術に適正ある。あなたは魔術師になった方がいいわ」

 マールは断定した。

 しかし、マールは腰に剣を下げている。魔術師とは思えなかった。

「ああ、これ。本来なら魔術師でも近接戦闘ができないとならないのよ。だから、魔術師は魔術の威力の増幅のためと、近接戦闘のために杖を使うわ。でも、私は剣を使うの。この剣は魔術の杖と同じように、力を増幅してくれる特殊な金属でできているから」

 僕は特殊な金属と聞いて思いをはせた。

 前世の知識では架空の金属が多数存在している。

「精神感応金属よ。ノクラヒロというわ」

 僕は興味が沸いた。

 どんな特性があるのか、どこで取れるのか、僕でも買えるのか気になった。

「残念だけど、シオン君には早すぎるわ。それに剣術ができないと意味がない。なにより魔術師が使う近接戦闘術は棒術か槍術だからね」

 マールはあきらめて欲しそうな顔をしていた。

 だが、杖でもノクラヒロを使ってもいいだろう。

「この金属って高いのよ。公級魔術師でも買えないわよ。私はゆずり受けただけよ」

 マールの声に悲しみを感じた。

 マールはその剣に思いれがあるようだ。

 だが、すぐに気を取り直して説明に戻った。

 マールの話では、魔術師には階級があるらしい。

 爵位のように階級がある。帝、公、侯、伯、子、男と高い順に並ぶ。水に特化した魔術師なら水公級魔術師と呼ばれるようだ。同じように剣士にも当てはまる。

 剣術は大きく分けて四つあり、地、水、火、風の流派があるようだ。

 マールは水公級魔術師であり、水子級剣士でもあった。

「だから、私は魔術師なの。見た目でだまされないでね」

 マールは微笑んだ。

 僕はうなずいた。

「それより、どうすれば、水は止まるの?」

 僕は今だ手から湧き出て流れる水を見た。

「えっ?」

 マールは驚いていた。

「手を閉じて。水が出てくる視覚化をやめて」

 マールはあわただしげにいった。

 僕は手を閉じた。すると、水は止まった。

「体は大丈夫? だるくない? 魔力が切れたならいって」

 マールにきかれた。

「大丈夫」

「本当?」

 マールは僕の腹に手をやった。すると、マールは驚いていた。

「腹に溜まっている魔力は、何?」

 マールの声は鋭く怖かった。

 僕の体に震えが走った。

「あっ。ごめん、ごめん。驚かす気はなかったの。変なものがあるから気になったの」

 マールは何でもないというように手を振った。

「今日は一日目だから。ここまでにしよう」

 マールが手を出した。

 僕は恐る恐るマールの手を取った。

 それを見るとマールは微笑んだ。そして、家の中へと向かった。

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