第6話 見慣れないものだらけ

……さてと。

「お嬢様ここから、立ち去られて貰います。あと当分の住所には人魚姫が居られますが平気ですかな?」

「はい、大丈夫です」

見る限り偽りの空元気を見せて、少女が言った。

……ミュウ。

ベッドの下から鳴き声がした。

「おーこいつがいたんだった」

マルを抱き上げる。

分度器の様な体につんと長い耳を突き立てた。猫蝙蝠蛾の幼体だ。

ミュウッ!

俺の手を振りほどき、少女の

所に真っ直ぐに走っていった。

「わぁ!可愛い」

マルを抱き上げ、撫で上げる少女。

ちぇっ、邪悪な人間というものが動物にはわかるのだ。

「じゃあ、支度が済み次第直ぐに出発いたしますので少々お待ち下さい」

俺はトランクケースの中に衣類と洗面道具とパイプケースをぶちこんで直ぐにその貸しアパートを出発した。

路面に貝車シェルフイッシュカー(注 ヤーンマーニ海溝でとれるランデンデル大ヤドカリに車体を付けたものニュートラルにすると意識を取り戻す。最高時速60km))の姿は何処にもなかった。

「お嬢様、少々お歩き申し上げ候いたしますがよろしいでしょうか?」

うやうやしく少女に一例をする。

何気なく薬中の側を通ってみる。

そいつの瞳孔は完全に開いていた。

「どうか、したんですか」

「いえいえ、なーんにもございませんことよ」

大通りにでるとさすがに貝車がガタゴトと走り、最近幅をきかせはじめた自動車ガソリン車というものが爆音をたてながら走っていた。

「おい、車を出してくれ」

貝車に餌をあげていた鯛の頭をした魚人の車夫に声をかける。

「ほいきた、どちらまで」

「キングズレー通りの裏手につけてくれればいい」

「あいよっ! 」

車夫が運転席に座る。

ガチャガチャと音を立ててニュートラルからギア1に入れる。

「はい、お嬢様どうぞ……」

ドアを開く。

少女が目を真ん丸にして、貝車を見ていた。まるで、はじめて貝車を見た、というような反応だ。

貝は意識が飛ぶと、ただ走る奴隷と成り下がりガタゴトガタゴトと走り出した。

乗り心地は最悪だ、スプリングが悪いせいかガタガタと揺れている。

「君、緊急脱出装置はついているのかね?」

「車検は先週にやりおえましたぜ」

少女が何やらジロジロと魚人を見ている。

魚人も気になるらしくバックミラーでチラチラと見ている。

「なんでぇ?」

魚人が沈黙を破る。

「ettu!?」

少女が言った。

「あっしの顔に何か付いてるとでもいうのですかい?」

少女はあからさまに戸惑った様子だった。

そして、ロングスカートの右ポケットから慌てた様子で茶色い小瓶を取り出すと、その中から小さな錠剤を1個取り出すとそれを飲み込んだ。

ゴホゴホと咳き込む少女。

「大丈夫かい?」

水の入った瓶を取り出し少女に飲ませる。

チラッと少女の持った瓶のラベルを見る。

万国共通語薬。

脳内のどこかの細胞を弄る事によって人間は言語という、壁を取り払う事に成功したのだった。魔化学の進歩の象徴だ。

だが、金持ちや高級ビジネスマンにしか買えないような代物を何故この少女が持っているのか謎だった。

少女はブルブルと体を震わせると。

「いえ、魚人というものを始めて見たもので」

少女はしまったと露骨に顔を歪めた。が……

「ふぅん」

とつまらなそうに鯛頭は呟いただけだった。

だが、個人的には信じられないことだった。魚人を見たことが無いとな。

タクシーはただつまらない沈黙を保っていた。

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