☆『九回目』『一日目』『朝』☆ その2


 ☆


 第二階層、石人形ガーゴイルの出す問い掛けを片っ端から片付けて、第三階層に進む途中の事。


「何よ、人の頭をジロジロ見て」


 九回目のペアは私とクァトラン、ミツネさんとファラフ、ニアニャと委員長、クローネとルーズ姫、そしてラミアとメア、つまり二回目と同じ組み合わせだ。


 経過はかなり順調だった。首を絞められたりメチャクチャ詰められたり、例によって同じ様な流れはあったけれど、少なくとも、歩きながら雑談に興じられる程度には、仲良くなれたと思う。


「いや、綺麗な髪だなあと思って」


 しかし、私が頭髪について言及した瞬間、クァトランの目つきがギロリと鋭くなった。


「言っとくけど、触ったら殺すわよ」

「触んないよ、使ってるトリートメントとか聞きたいだけ」

「別に……購買で売ってる普通の奴だけど」

「………………は?」

「え、何よそのリアクション」

「…………購買の? あの髪の毛キシキシ製造装置を……?」

「人聞きの悪いこと言うわねアンタ……別にいいじゃない、なんだって」

「良くないよ、髪の毛だよ、魔法少女の命だよ」

「え、ええ?」


 最弱の魔法少女である私にずい、と詰め寄られて、最強の魔法少女がたじろいでいる。


「大体メアみたいなさあ? 髪の毛が長かったり量が多い娘に限って無頓着なんだよ、髪の毛一本とってもシャンプー・トリートメントが合う合わないがあるわけじゃない、ドライヤーの使い方一つとっても早く乾いたほうがいいからって思い切り熱風を至近距離でぶち当てるんだよ信じられる? だから私が毎回いつも櫛で梳いてあげてるのに」

「多いうるさい近寄るな離れろ」

「クァトランもそういう輩なのかって聞いてんだ!」

「逆ギレしてんじゃね―わよ!」


 視界が一瞬明滅したが、これはクァトランのデコピンが額を弾いて、私の頭が思い切り揺さぶられたからだ。


「魔法少女が、皆、髪の毛を大事にするようになれば、世界はもうちょっとだけ、平和になるはずなんだ…………そうだろ、クァトラン…………」

「ごめんアンタの事初めて怖いと思っちゃった、殺していい?」

「オッケーって言うと思うか!?」

「アンタ、その……胸、だけじゃなくて、髪に対してもそうなの?」

「大きい胸と綺麗な髪が好きで何が悪い!」

「開き直るな!」


 もう一発デコピンを食らって、あ、やばい、逆行しちゃう、時間が、時間が。


「念の為、もう一回言うけど、私の髪に、勝手に触ったら、マジで、シャレ抜きで、ぶち殺すからね」

「肝に銘じます…………その髪の毛、結い上げるの大変そうだけど、一人でやってるの?」

「話題は続けるのね。そーよ。朝の空き時間に短時間でササッとやらないといけねーから、結構大変なの、あいつらは手伝わせられないし」

「へえ…………朝シャン派なんだ…………」

「言い方気持ち悪…………っ。夜は《魔力エーテル》を流して汚れ取るだけよ、時間かかるもの」


 そっか。

 短時間であれば、髪が解けていてもいいのか。


「…………ねえ、マジで視線が気持ち悪いんだけど、何?」

「なんでもないよ。あ、そうだ。試験終わったらさあ、進級祝いでクラス旅行とかいかない? でっかい温泉がある所が良いと思う」

「この流れでアンタと同じ風呂に入りたがるやつがいると思うワケ!? ていうか、行かねーわよそんなの」

「え、何で」

「何でって、アンタねえ……」

「私は遊びに行きたいけどな、クァトランと」

「……………………」


 怪訝と疑心が入り交ざった、実に神妙な瞳だった。

 無礼極まる庶民の乱暴な振る舞いに、クァトランは話をごまかす時にそうするよう、ふんっ、と鼻を鳴らし。


「考えといてやるわ、ま、アンタが進級できるとは限らないけどね」

「クァトランはどうなのさ」

「でっ」


 数秒、言葉に詰まったクァトランは、苦々しい感情を隠そうともしないまま、私の顔をじっと見つめて言った。


「出来るに決まってるじゃない、当たり前でしょ!」

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