☆『九回目』『一日目』『朝』☆ その1
クジ引き前の待機時間、私は自室で、メアと向き合っていた。
いたずらがバレた大型犬のように、申し訳無さそうに頭を垂れ、しゅんと肩を落とし、ちらりと私を見上げては、また視線を落として、沙汰を待っていた。
「………………」
「…………怒ってる?」
「…………いや」
そういうわけじゃない。
そういうわけじゃないけれど、なんていうか、うん、そうだった。
なんで私は、メアのことを疑わなかったんだろう。
私は時間を逆行すると、ヘリの上に戻って目を覚ます。
これは当然の話だけれど……
そして、
…………まさか。
まさかメアが、最初から、ずっと!
夢見メアの【
そりゃあ、夢ではあるから、厳密に私の体験をなぞれるわけではないだろうし、メアからしたって実体験が伴っているわけじゃないだろうけど。
毎回ペアでメアを選ばなかったり、私のボロボロ推理ショーをやってるのを見れば、時間逆行を信じるには十分な根拠になるだろうし、何より……。
「そうなんだよ、私が一週間好きにしていいって言ったのは、六回目の時なんだよ……」
八回目の夜、ファラフを探しに行く時、しれっとメアが『ボクの言うことを聞いてくれる方が先でしょ?』と言っていたけれど、本来、メアがその約束を、知っているわけがなかったのだ。
「一週間じゃないよ、基本的人権三ヶ月だよ」
そしてこれから叱られる立場でありながら、メアはきっちりと訂正を付け加えた。
踏み倒せると思って青天井で借りた借金に、想定外の利子が乗ってる気分だった。
「…………メアが私のことを知っててくれたおかげで、本当に助かった」
右手の甲、少しだけ亀裂の入った《
《《
「だから、チャラでいいや」
「…………ホントに?」
「うん」
「リーンちゃん……」
ぱぁ、と顔を輝かせて、嬉しそうに微笑むメア。
この笑顔を守りたいという心からのプラスな気持ちは、当然勿論しっかりばっちりあるのだけど、それはそれとしてを告げるマイナスの気持ちも、当然存在するわけで。
「ところで、別に今日が初犯じゃないよね」
途端、メアはふいっと顔をそらした。
「今回、たまたま覗き見てたわけじゃないよね。日常的な常習犯だよね」
メアの
他人の夢を見ている間は、意識が覚醒し続けており、
そしてメアはいつも人より二、三時間は追加で寝たがるお寝坊さん。
この二つの事実を観測した時、導き出される答えとは……!
「…………リーンちゃん」
「なあに、メア」
「リーンちゃんは、その、大きくなくても可愛いと思う……な?」
「………………………………」
「ひゃっ、あっ、ごめっ、あっ、あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあ」
角を両手でひっつかんでグラグラ揺らしまくる拷問をしばらく続け、改めてメアの顔を覗き込んで、私は言った。
「メア、私は、全部助けたい」
「ボクも助けてぇ…………」
「真面目な話をしてるんだけど」
「ボクも、割と真面目…………」
「全部許すから、だから、メア、お願い」
誰にも頼れなかった。
誰にも頼めなかった。
心細くなかったと言えば嘘になるし。
本当は…………。
「私を助けて」
誰かに、助けてほしかった。
「ん、ん、ん」
揺れる視界がもとに戻るのを待って、深呼吸してから。
私の目をしっかりみて、メアはこくりと頷いた。
「任せて、ボクはいつだってどこだって、絶対にリーンちゃんの味方!」
あれだけの破壊と殺戮を見せつけられて。
時間を遡る術を奪われかけて、真に命を失いかけても。
何でだろう、メアが居てくれれば、あの恐怖を拭いさって、進める気がする。
「……でも、リーンちゃんが見た悪魔って、どうすればいいんだろう……」
「…………うーん」
立ち向かうべき問題は幾つかあって、解決策や対処法がわかっているものと、どうにもならなそうなものがある……のだけど。
……右手の甲、自分の、透明で、頼りない、何の色彩もない《秘輝石(スフィア)》をなでつける。
細い亀裂が何本か、悪魔に潰された時より増えているのは、多分、このヒビを直す前に時間を逆行した影響だろう。
楽観的に、無制限に、何回でも遡れるとは、思わないほうが良さそうだ。
「……挑戦できるのは、一回だけかな。ここに来て失敗できないとは……」
「……どういうこと?」
「
「? ミスって?」
「優位に立ったら、言わなくてもいいことを口走っちゃうってこと」
お陰で……取り付く島もなかった、どうしようもなかった部分に、隙ができた。
私が時間逆行できることを察しておきながら、どうにも脇が甘いやつだ。
待ってろよ、クソ悪魔、ボコボコにしてやるからな!
「ふぅ………………じゃあ、メアにやってほしいことを説明するね」
「う、うん」
「あと、私多分死にかけるけど、何とか死なないよう頑張るから、よろしく」
「それはちょっと不安だけど……でも、大丈夫だよ」
メアの小さくて、柔らかい手が、私の右手を、ふわっと包みこんだ。
「だって、ボクがついてる。二人なら、絶対負けないよ」
それは、誰が放つどんな言葉よりも、私にとっては力のある一言だった。
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