☆『一回目』『一日目』『朝』☆ その3
ファラフとジーンを見送って講堂に到着し、観音開きのでっかい扉を開け放つ。
試験開始は九時からで、八時から待機可能、と説明を受けていたのだけど、すでに何人かの気の早い生徒が席に座っていた。
「おー、おはようさん、相変わらず仲ええねえ」
「ミツネさん、おはよ」
真っ先に挨拶してくれたのは、頭の上でぴこぴこ動く、つんと尖った狐の耳に、木彫りの狐の面を頭に引っ掛けるように斜めに乗せて、巫女さんのようなデザインの……にしては袴というかスカートのスリットが深すぎるコスチュームの魔法少女、
同級生ではあるけれど、魔法学園は飛び級・留年・途中参加が当たり前で、たしか私よりいくつか年上のはずだ。クラスでも皆のおねーさんみたいなポジションに居る。
「さっきファラフとすれ違ったよ、ご飯取ってくるって」
「ほんま? せやったら言うてくれたらええのになぁ、遠慮しぃなんやから」
困ったように笑うミツネさんだが、それこそ、狐のように細い目を、更に細めて頬に手を当てる姿は、ものすごーく様になっていた。
「えへへ、カツサンドだよ、美味しかったよー」
現物を取り出しながら、すでに一つ食べ終えたので味の感想まで添えるメア。
「朝から重たくあらへんの?」
「コールスローも挟んであるから、結構パクパク食べれたよ」
「へえ、おばちゃん、さすがやねえ」
じわじわお腹空いてきたし、
サンドイッチの包装に手をかけると、目の前に影が降りた。
「ちょっと、講堂は飲食禁止よ」
私達が講堂に入っても一瞥をくれただけで挨拶はしてくれなかった、もう一人の魔法少女だった。
ツートンカラーのキャスケット帽、ぶっとい二本の三つ編み、眼鏡の向こうではいかにも融通の効かなそうなツリ目が、私達の行為を咎めるように、より細められている。
「食べるなら外で食べて」
「い、いいんちょ、大目に見てくんない? 結構お腹空いてたりして」
彼女の名前はマグナリア・ガンメイジ。学級委員長だけあってマジメというか堅物と言うか融通が効かないと言うか……なにせ二つ名が“石頭の魔法少女”だもんね。
ちなみにゴリッゴリの肉弾戦派だ。彼女が《魔弾》を撃ってるところを見たことがない。
「ルールよ、守りなさい」
なもので、こういう状況になると、ルール至上主義の彼女を説得するのは不可能に近い。廊下での立ち食いも校則上では禁止なので、マグナリアの判断基準に従うと私達は食堂に戻るか、どこかの教室に入らないといけなくなる。
「まあまあ、委員長、そない、厳しいこといわんと」
ミツネさんが身を乗り出して、私とマグナリアの間にひょこっと割り込んだ。
「今日は試験やし、食堂も人がいっぱいおってん。ご飯食べに行って試験に遅刻じゃ本末転倒やさかい、堪忍したってくれへん? この後ファラフもサンドイッチ持ってきてくれるんよ、追い返すの可哀想やん」
「駄目。ルールはルールよ、東ミツネ」
マグナリアの目がもう一段階つり上がった、これ以上ゴネるとそろそろ拳が出る気配を感じる……横を見ると、お腹をすかせた羊さんであるメアが、サンドイッチを両手に持ったまま泣きそうな顔をしていた。すでに一つ平らげてるくせに……。
ミツネさんもマグナリアも、それ以上何も言わず睨み合う、もう素直に外で食べてきますと言うのが一番角が立たない気がするのだけど……。
「あら、皆様、お早いですのね。ご機嫌ようございます」
緊迫した空気を包み込むように、ふんわりとした声が室内に響いた。新たな人物が講堂に入ってきたのだ。
最初に目に入るのは、豪奢な銀色のティアラ。次いで、特徴的な髪の毛も瞳、そしてコスチュームであるふりっふりのドレス――濃淡の差はあれどれもコンセプトの一貫したピンク色で統一された、さながらお姫様のような見た目の彼女の名前は、魔法少女ルーズ・リック。
《
今も、ミツネさんとマグナリアの間のバチバチとした空気などものともしないマイペースっぷりだ。
あろうことか片手にしっかりとカツサンドの袋を持っていて、深いお辞儀で一礼すると、しずしずと歩いて真ん中の席にちょこんと座り、丁寧に包装を剥がし始めた。
お姫様がカツサンドもどうよ、と思うが、原則として学園の中では〝あっち〟の立場などは一切考慮されず、すべての生徒は平等に扱われる事になっている。
物を言うのは、実力だけだ。
「……ルーズさん、講堂は飲食禁止よ。食べるなら外で」
であれば、当然、それを見逃す石頭ではない。私達に注意をした以上、ルーズ姫にも口を出さないのは彼女の方針に反するはずだ。
「あら、そうでしたの?」
一方、咎められたルーズ姫は首を傾げて。
「ですが、わたくし、先程、廊下でお会いしたハルミ先生に、食事を頂きながら待つようにと言われたのですが……」
ハルミ先生、つまりウチのクラスの担任だ。意外な所から助け舟が来た。
「…………」
マグナリアが黙った……言い返せなくなった、と言うほどか弱い存在ではないので、それを『先生の許可が出た』と解釈するかどうかを考えてるんだと思う。
ミツネさんを見て、私を見て、泣きそうなメアを見て、それからもう一度私を見て、大きくため息を吐いた。
「……わかったわ、撤回する。邪魔して悪かったわね。でも汚したらちゃんと掃除してね」
融通の効かない堅物ではあるけれど、自分が退く時はちゃんと謝ってくれるので、委員長という立場を任されているのが、マグナリアという魔法少女なのだ。
いや、
「くす」
マグナリアが席に戻るのを見届けたルーズ姫は、こちらを見て微笑んで、人差しを立てて小さくウインク、『内緒ですよ』の仕草をした。
「可愛すぎかよ」
しっかり空気を読んだ上で、全部わかってたみたいだ。
「さすがルーズ姫やねえ」
ミツネさんが喉の奥からコココ、と音を立てて笑った、本当に狐っぽい事するじゃん。
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