☆『一回目』『一日目』『朝』☆ その4

 何はともあれ、無事許可も出たので、改めてカツサンドの包装を開く。しっとりとした食パンに挟まれた、3cmはある分厚いカツに、ソースの染みた大振りなパン粉の衣。かぶりついてみると、ザクザクとした食感がまだ残っていて食べごたえがある。


 お肉の味は……うん、普通の豚ロースだ、美味しい、間違ってもあんなクソデカイノシシの成れの果てではないはず。


「えへへ、よかったねえ、美味しいねえ」


 メアも笑顔になって何よりだよ。

 ところでこのカツサンド、かなりのボリュームで、私は一個でお腹いっぱいになりそうなんだけど、お隣の羊さんはもう二つ目を一口で三分の一いっちゃってるんだよね。やっぱりあれかな、食べた分全部胸に行くのかな?


 ほっぺを膨らませてしっかり噛んで飲み込んで、二口目に差し掛かる――


「し、失礼しま……ひゃああっ!」


 ドバンッ、と大きな音がしたのは、まさにそんな時だった。

 講堂の扉が左右に勢いよく開き、その向こうから現れたのは、片手に大きな本、もう片方に腕には個包装のカツサンドを二つ抱えたファラフが居た。


 魔法少女の動体視力には、ノーガードで、床に顔面を叩きつけそうになっているファラフの涙目が、スローモーションのように映った。両手が使えなかったから、肩で扉を開けようとして、勢い余っちゃったって感じだろうか。


 真横でジーンが呆れたように腕を組んでいる、《使い魔マスコット》に主人を助けるつもりはなさそうだった、それでいいのか。


「おっと」


 そんな彼女の体を支えたのは、一言でいうと『王子様』だった。

 少女、というだけあって、魔法少女は平均身長が低い。確か150cmぐらいかな?

 私は156cmあるけど、メアはそれより10cm低い有様だ。本当かどうかは知らないけど、これはなるべく《魔力(エーテル)》を体内で循環しやすくなるよう、生物的にそういう進化になったみたいな話を前に授業で聞いた。


 なので、彼女――ラミア・ジュリィのように、180cm近い体躯の魔法少女は希少種だ。巨大化する、みたいな固有魔法オリジンの魔法少女を除いたら、学園の中でも一番背が高いんじゃないだろうか。


「駄目じゃないか、ファラフ。可愛い顔に傷がついてしまうよ?」


 加えて、顔立ちがとても中性的というか、鼻が高くてキリッと上がった目尻、マント付きの鎧に、腰に提げた長剣、加えて頭には王冠がちょこんと乗っている……そりゃあだ名が『王子様』になるよ、私だってそう呼ぶもん。


「ひゃ、ひゃい……」


 だから腕を掴まれて、思わず顔を赤くしたファラフの気持ちもわかる、わかるんだけど。














「……………………」


 それより、ファラフが扉を開けた音にびっくりした拍子に、カツサンドがメアの手からぽろっとこぼれ落ちてしまった事が問題だ。

よりによってスカートの上に着地してしまったものだから、メアの目が二重の意味で、うるうる滲んで行く。


「あー…………」


 意識を集中、朝一番だから、体内の《魔力エーテル》は十分。

 今日、何のためにここに集まっているのか、一時的に忘却していた私は、半ば反射的に自身の固有魔法オリジンを発動した。


「――――――よっ、と」


 ……パンを下にできたので、私の手の汚れも無し。落とした当人がそれを自覚する前に救済する早業だ。


「えっ、あっ?」

「もう、試験前に何やってるのさ」


 私の差し出したカツサンドを反射的に受け取りながら、ようやく自分が何をしでかしたか気づいたメアは、流石に頬を赤らめた、やっぱりちょっと恥ずかしかったらしい。


「あ、ありがと、リーンちゃん」

「えらい神業キャッチやったなあ、もしかして、ん?」


 ミツネさんが目を細めながら笑い、私はため息混じりに肯定した。


「そ、おっちょこちょいのメアがうるうる泣いてたから慌ててキャッチしちゃった」

「ええ、それぐらいじゃ泣かないよぉ」


 嘘つけ、泣いてたよ。

 魔法少女は、一人一つ、と自身の《秘輝石スフィア》が混ざり合って生まれる、固有魔法オリジンを持つ。


 固有、という字面通り、基本的に唯一無二のオンリーワン、魔法少女の個性を決める三つの要素の中でも、何より比重の大きな要素だ。

 誰に、どんな固有魔法が発現するかの法則性は未だ解明されていない。独自の魔法の数々が、魔法少女たちのなのだ。


 ……まあ正直当たり外れは結構あるし、時々『これ汎用魔法(コモン)で良くない?』みたいなのもあるんだけど。


 その観点でいくと、私の固有魔法オリジン、《時間を逆行する魔法リーン・マジック》は代替の効かない魔法だと言える。

 私は、主観的な自意識を保ったまま、が出来る。


 ハルミ先生曰く、『過去にも、類似例がない真の唯一無二』とまで言われたほどだ。


 ………………十分睡眠を取って、朝ご飯を食べた後の、《魔力エーテル》の回復具合でも、いいとこ五~六秒前にしか戻れなくて、溜まってる分全部使い切っちゃうから発動後はもう完全にポンコツの役立たずになる事を除けば、有用極まりない、んだけど、ね。


 一応、先生との相談の結果、周囲には《少し先の未来リーン・マを見る魔法ジック》と説明してあるので、私は『時々偶発的に数秒先の未来予知が出来る魔法少女』という事になっている。


 起こる事象は、実際あまり変わってないからあながち間違いじゃないんだけど……まあいいや、メアがカツサンドを落とす未来から、落とさない未来へ変えるために、この固有魔法は私に宿ったのだ。そういうことにしておこう。 


「……でも、リーンちゃん、大丈夫?」

「ん? 何が?」

「これから進級試験……」

「あ」


 語辺リーン、進級試験開始前に全ての《魔力エーテル》を使い切る。

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