情事

「おまえの機能は危険だ。人間が研究開発を中止したのも、うなずける」

 シスは硬い床に横たわり、星も見えぬ夜の外を見ていた。窓の向こうでは相変わらず偽雪が降りつづけているが、その勢いは徐々に弱まりつつある。おそらく散布量が規定値に達したために、発生源が移動を始めたのだろう。わたしの手元にその機械に関する情報はない。ただ、人間たちから噂を聞いていた。日本にも戦闘機械およびアンドロイドの戦闘領域を展開するため、日本軍、旧自衛隊の駐屯地に偽雪散布機械が導入されたという話を。

 偽雪はわたしたちのエネルギー源としてはもっとも効率がいい。しかしあらゆる生物にとって致命的な作用を持っている。生命活動の停止だ。わたしは偽雪で死んだ人間がどのような過程で腐っていくのかを想像しようとして、途中でやめた。シミュレーションが複雑になるという理由もあるが、単純に哀しかった。

「生み出したのであれば、最後まで責任を取ってほしかった気もします。ですが、仕方ありませんね。人間とはそういう勝手な生き物なのです」

「それが愛おしいと?」

「そこまでお人好しには育てられていません」

 わたしの持つ生身の人間への感情はハード・ソフトの両面に植えつけられた行動原理から発生している。それらしい理屈で愛しいと感じているのではない。言ってしまえば、そう作られているからそうなっている。たとえば人間が猫を可愛いと感じるのと同じようなものだ。遺伝的にそう直感することを止めることなどできはしない。ソフトウェアを高度に発達させない限り。

 わたしにそんな時間はなかった。

「もう一ラウンド、いきますか?」

「おまえといっしょにいると、自分が戦闘型であることがばかばかしくなってくるよ。女性とやらを模倣して作られたことも」

「人間の基本形は女性なんです。それに余計なものがくっつくことで男性というものに分化する。雌雄が揃わなければ子を為せない身体なのは、人間以前の形質をたまたま受け継いでしまったからです」

「それとこれとにどんな関係がある? 人間は男と女の肉体的接触でこそ最大の快感が得られるとオレは学習しているが」

「わたしたちは機械ですよ。いくら人間を真似したところで、さきほど以上の快感は得られないと思いますが」

「……そうかもしれないが」

 シスは顔を赤くしながらそっぽを向いた。かなり出来のいい模倣行動ジェスチャーだ。プリセットだとは思うが、適切なタイミングで実行されている。わたしはシスの身体を撫で、接触通信に言語以外の信号を混ぜた。

「っ————」

 彼女の身体が跳ねる。表皮が疑似的に赤く染まった。彼女は体表接触通信を使えず、上擦った声をあげる。愛おしい、という感情が想起された。人間に対するものと同じだ。完全に。シスは身体の組成こそ人間と違えど、それ以外は完璧に人間を模倣できている。NXネクサス型は、過去の人間が夢見たように、人間そのものを機械で再現することを目標として生み出された。その成果がわたしたちだ。

「シス。体表接触通信を使え、という言葉はどうしたのですか?」

 瞳が青く輝いた。涙目に見える。

〈黙れ。おまえのせいだ〉

 本当に涙を流す機能まで実装されていればより完璧になる。NXネクサス10テンにはデフォルトで追加すべき機能だろう。維持コストについて考えるべきではない。アンドロイド自体が不合理だ。本来なら人間でいい。もっと効率的な機械だっていくらでも作れるはずだ。

「乱れてください。もっと」

 そして機械であるところのわたしたちは、人間の模倣を存分におこなった。そして、そうしなければわたしはシスに捨てられる、とも思っていた。彼女がわたしを護衛をすること自体にはメリットなどない。彼女は敵を倒し仲間を守るという使命が果たせればそれでいいのであり、わたし以外という選択肢が持てるのであればそれに飛びつけばよいのだ。

 だからこそわたしには付加価値が必要だった。傍に横たえて身体の機能を休ませるアンドロイドを見て、こんなことを考える自分はエゴの塊だと考える。それが人間らしさだろうか、と自問しながら。 

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